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それに、どんな理由であれ、寄付金が貰えるのは孤児院にとっては喜ばしいことだ。
(あたしが嫁げば、孤児院が潤うんなら――)
どうせ、そろそろどこかに嫁がなければならない歳ではある。未婚のままここでのろのろ過ごすのも迷惑だろうし、それならば、孤児院のみんなの役にたてるかたちで嫁いでしまいたかった。
「では早速、明日の朝に迎えにきますね。準備をしておいてください、エファさん」
もはや結婚することが確定となった会話の流れに少しの違和感を覚えつつも、エファはにっこりと社交辞令の笑みを浮かべた。
*
二頭立ての馬車内は、広くもなく狭くもなかった。
進行方向にエファが座り、その向かい側にはレオナルトとアルノーが座っている。
あまり私物のないエファは、それでも必至でかき集めてきた所持品が入った鞄を膝のうえに乗せ、じぃっと足元を見つめていた。
窓のカーテンは閉まっているし、正面のレオナルトからはやけに視線を感じるので、他に見つめる場所がないのだ。
「ところで、エファさんはおいくつですか」
静寂を気にしてか、唐突にレオナルトが問うてきた。
エファは顔をあげて、そっと答える。
「たぶん、十五歳です」
「たぶん、ですか」
「はい。あたし、マリアと一緒に孤児院の前に捨てられてたんです。本当に赤子のころに捨てられて、それから十五年が経っているので、たぶんなんですけど、十五歳です」
ちなみに誕生日は捨てられた日だ。マリアと一緒に、いつもお互いにささやかな贈り物を用意して祝いあってきた。
(……マリア)
もう会えないと思うと、出立したばかりだというのに、すでに寂しい気持ちになってしまう。
他の孤児たちも兄弟だと思っているが、エファにとってマリアは特別だった。
「なるほど。私は今年で二十歳になります、私の妻になるのですから覚えておいてくださいね」
レオナルトは蕩けるような笑みを浮かべ、すす、と手を伸ばしてきた。昨日のように、膝の上の手をそっと握りしめられる。
「もっとあなたのことが知りたいんです。お伺いしてもよろしいですか?」
「は、はい。なんでも聞いてください」
「そんな緊張しなくてもいいですよ。言葉も、もっと崩してください。私の丁寧口調は癖のようなものなので、お気になさらず」
「……じゃあ、そうさせてもらう」
「ええ、ぜひ」
なにが嬉しいのか笑みを深めたレオナルトは、前髪を揺らすように首をかしげると、言葉を続けた。
「エファさんは、ずっと孤児院で暮らしてこられたそうですけど、どのような暮らしをされてたんですか?」
「ええっと、別に普通だよ? あたしより幼い子たちの面倒みたり、午後からは街で仕事をしたり、昨日みたいな休みの日は孤児院のなかで大工や農業をしたり、かな。あと、家事はあたしとマリアでこなしてきたから、洗濯とか食事つくりとかはしてたけど」
「ではエファさんは、家事がお得意なのですね。ふふ、料理上手の妻をもてるなんて、私はなんて幸せなのでしょうか」
「そんなに期待されても、そこまで上手じゃないよ。とりあえず食べられる、程度で」
「王都ベリランカについたら、ぜひ私に食事をつくってください」
やたらきらきらした目で言われ、少しばかり面食らいながら頷く。
「あの、その。今度はあたしから聞いてもいい?」
「はい、なんでもどうぞ」
満面の笑みに向かって、エファは胸につっかえていた質問を吐き出した。
「……伯爵様は、どうしてあたしなんかを妻に望んでくれたの?」
「聖伯爵でございまするよ、エファどの」
口を開きかけたレオナルトより一足早く、アルノーが咎めるように言った。
貴族位についてそれほど詳しくないエファは、間違えた申し訳のなさから慌てて頭をさげる。
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