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「理解、ですか」
「うん。貴族に嫁ぐんだから、伯しゃ……聖伯爵様にたくさんの愛妾がいようと、耐えてみせるよ。大丈夫、あたしはそういうのは寛大なほうだから、後宮を仕切る女官並みに、たくさんの愛妾を統率してみせる!」
レオナルトは目を丸くして、ぱちぱちと瞬いた。
エファはそんなレオナルトに気づかずに、話を続ける。
「だって、あたしみたいな身分のない娘を正妻にしてくれることのほうがすごいもんね。ちゃんと聖伯爵様に相応しい嫁になれるように、努力だってするよ。数多いる嫁候補に、負けないように!」
「なんというスバラシキ努力でございましょうかっ、このアルノー、甚く感服いたしました。聞きましたか、主君どの。エファどのは、愛妾をたくさん召してもよいと申されました。これぞ妻の鏡! まるでかの皇帝カガリエヌの正妃、ユーリ王妃のようではございませぬか!」
なぜか瞳を潤めはじめたアルノーが、気安く肩を叩いてくるのをエファは気合のこもった目で見つめ返した。
(わかってくれる! アルノーさんは、あたしの想いを! 決意を!)
滾る情熱を瞳と瞳で感じ合っていると、ふいに両頬を包み込まれて強引にレオナルトのほうを向かされた。
顔をしかめたレオナルトがアルノーの手をぺいっとはじき、抱き合う形のなっていたエファの身体をそっと自分のほうに引き寄せる。
「……愛妾などいませんし、そんな覚悟はいりません。何度言えばわかるんですか。私はあなたに惚れているんです」
「でも」
「たしかに、あなたからすれば私の一目惚れに関しての動機は不純かもしれません。あなたの後姿を見ただけで、惚れてしまったんですから」
(……後姿だけで惚れたぁ?)
そんなことがありえるのだろうか。
眉をひそめたエファに、レオナルトは苦笑する。
「初めてあなたを見たとき、とてもあの方に似ていると思ったんです」
「あの方、って?」
「ジルヴェスター神下です」
「えっ、あ、あ、あた、あたしが神下に!? ちょっと、恐れ多いこと言わないでよ」
初めてというと、抱き着いてきたときだろうか。けれどやはり、あのときは陽も暮れていて視界が悪かった。ではそれより前から、レオナルトはエファのことを知っていたということか。
言われた意味が理解できなくて、頭のなかが混乱する。
それを見止めたレオナルトは、そっと言葉を続けた。
「あなたの顔は確かに見えませんでした。けれど、雰囲気といいますか、あなたの存在自体が、とても特別なもののような気がして、思わず抱きしめてしまったんです」
「……どういうこと?」
首を傾げると、レオナルトは少し考えるように間を置いた。
「……神下と、あなたが似ているんです」
「それは聞いた。つまり、恐れ多いことだけど、聖伯爵様はあたしと神下を重ねて見たってことだよね」
「エファどのエファどの。好みのタイプというのは、一貫しているものでございまするよ。主君どのは、エファどのや神下のような者が好みなのでございまする」
「……そういう雰囲気の者が、ってこと?」
「そうでございまする! 顔や性格で判断しない主君どのは、ふふふふ、ほんとに立派でございまするなー」
アルノーは満足げににんまりとほほ笑んだ。
エファは微妙に納得のいかない気分のまま、「そう」と頷いた。嘘をついているようには見えないし、レオナルトはきっと正直に話してくれた。ここはひとまず引いておくとして、エファはレオナルトの顔を見つめる。
「他に質問はありませんか?」
視線が合った瞬間に微笑まれ、エファは少し考えた末に口を開く。
「王都まではどのくらいかかるの?」
「半月といったところです。長旅になりますから、つらいことがあったらすぐに言ってくださいね。腰は痛くないですか? 足が凝り固まっていませんか?」
「まだ大丈夫。でも、そう。半月もかかるんだね」
「王都ベリランカへは行ったことがないのですか?」
そっと頷いてから、エファは今の酷く密着した体勢を思い出した。レオナルトの膝のあいだに座るような形で、彼の胸にもたれている。
慌てて身体を放してもとの位置に座ると、レオナルトは残念そうな顔をした。
「あたしは、ドンケル孤児院で育ったから、その周辺しか知らないんだよ。行く機会もなかったし、そんな必要もなかったし。でもベリランカってすごく華やかなんでしょ? 楽しみだなぁ」
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