第四章

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第四章

 肩もみを終えたエファは、仕事に出かけるレオナルトを見送ったあと、暇を持て余して神殿をうろうろしていた。  読書もいいが、そればかりだと飽きてしまうので、たまに運動を兼ねてふらふらと散歩しているのだ。  すれ違うのは女官ばかりで、皆が皆、エファを見るなり頭をさげていく。エファ自身はまったく偉い人ではないので、なんか申し訳がない。 「……あれ」  ふと、神王殿へ続く回廊に差し掛かったとき、純白のマントを頭からかぶった人物を見かけて足を止めた。やたらと周囲を気にしてこそこそと歩いている姿から、もしかして泥棒だろうかと疑いの眼差しを向ける。 (ううん、もしかしたら神下の暗殺を狙ってやってきた殺し屋かも!)  国家間の情勢に疎いエファでも、このブルディーラ神国が、大陸でも特別な扱いをされていることくらい知っている。神が人々を治める国という珍しい体制が一目置かれているのだ。  もしエファの予測が正しければ、このままあの不審者を放置することなどできない。 レオナルトに知らせようか。だが彼は仕事で出かけてしまった。誰に報告すればいいだろう。  迷っているうちに、不審者は木々の影に隠れるように中庭を移動しはじめた。 「……暑いなぁ」  ふと。  不審者の呟きに、エファは目を見張る。 「し、神下!?」 「え? あ、エファじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」  振り向いた拍子にふわりと純白のマントがめくれ、麗しい顔が露わになる。激しく見覚えのあるソレに、エファは慌てて傍に駆け寄った。 「こんなところで、はあたしの台詞ですよ! 神王殿から出ていいんですか? しかもお一人ですよね」 「うん。だからこうして、変装してきたじゃないか」  えっへん、と威張るように胸を反らされ、唖然としてしまう。ジルヴェスターは、神王殿から出れないのではなかったのか。  生活のすべてを神王殿で終える――そう聞いていたから、てっきりあの場から出ることができない身体なのだと思っていた。  神王殿の空気は清浄で、神の身体であるジルヴェスターは清い場所でしか生きていくことができない、というように。 「ちなみに、どちらへ行かれるんですか」 「城下だけど」 「お一人で!? ちょ、誰か、えっと、姫巫女様? か、聖伯爵様は御存じなんですか?」 「ううん、知らない。でも大丈夫、今は人払いをしてあるから、バレないと思うよ。あ、せっかくだし一緒にくる?」  悪びれもなく手を差し出されて、エファは拳を胸の前で握りしめた。 「駄目ですよ、戻りましょう」 「大丈夫だってば。ふふ、心配性だね」 「でも、危ないですよ。もしなにかあったら、大変じゃないですか」  ジルヴェスターは笑みを深めて、おもむろにエファの手を取った。引っ張られて、されるがまま歩き出す。 「大丈夫大丈夫。あ、それともこのあと用事があるの?」 「……ないですけど」 「じゃあいいじゃないか。お菓子買ってあげるから」  うきうきと嬉しそうに歩き出すジルヴェスターは、女官が通りかかるたびに木々のあいだに身を潜め、ひと気のない神殿の通路を通って、エファが来たこともない表側の神殿へやってきた。  どうやって城下に降りるのだろう、と思っていると、なんとジルヴェスターは堂々とした風体で門番の横を通りぬけ、あっさりと外に出た。  振り返れば、やけに立派な門の前で、無表情のまま立ち尽くしている門番がじっと立っている。
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