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 芝生の上で背を丸め、着地時の姿勢のまま寝っ転がっていると、直ぐ後方で爆発音と衝撃波が襲ってきた。  死を覚悟し、膝を着いて振り返った。  が――背後に着地した二機の作業ロボ――独特のカラーリングと犬マークのペイントには見覚えがあった。  ドッグ・キャラバンのロボだ。  ガガンバーと僕が乗る一号と、モンボーとキャンディーの二号が、公園の芝生の上に揃って立っていた。 「みんな……」  一号が跪き、伸びた右腕が目の前で止まる。 「乗れ!」  ガガンバーだ。  僕は力が入らない足を叩き、力を振り絞って駆け上った。  マフィアの追手も直ぐそこまで来ている。  銃撃が始まり、搭乗席に転がり込む前に、腹部に一発土産をもらってしまった。  溢れる血が、意識を奪っていく。 「グッ……。ガガンバー、何で……来たんだよ……これだけの騒ぎになれば、官制局にも目をつけられるってのに……」 「来たいから来たんだよ! それ以上の理由はねぇ」  ガガンバーは咥えた煙草をふかしながらアクセル全開。  作業ロボを全力稼働させ、夜の街を駆け回った。 「ガガンバー……ごめん。……ガガンバーが言う通り、作戦は中止するべきだった……」 「決めたのは俺だ。お前が謝る必要なんてねぇよ。それより……今からピンインを出てジョリ・ジョリーに向かう。補助操作は可能か?」 「正直……微妙……かな」 「じゃあ、寝てろ、全部こっちでやる」  コンタクト画面が立ち上がり、心配そうな顔をしたモンボーとキャンディーが目の前にホログラム表示された。 「ルーファス、無茶したねー。まさかマフィアの根城に一人で突っ込むなんて……」 「バカよ、バカ……」 「はは……二人とも……ごめん」  呆れ声の、でも心配そうに眉を寄せたキャンディーが言葉を続ける。 「反省会やるから……ルーファス、必ず参加してよね」  いつもなら茶化す場面だ。  だけど、二人とも目が笑っていない。  僕が考えているより、僕の見た目がマズい状態なのだろう。  薄目のまま、視線を下げると、体中が吐瀉物と血で汚れている。  死にかけのカラスのようだ。思わず笑ってしまった。 「そろそろコロニーの出入口に着くぞ。ここからは二手に分かれる」 「官制局からも狙われてるからねー。オイラ、こんなところで死にたくないなぁ。ガガンバー、ルーファス、二人も死なないでくれよ」 「当たり前だ」 「私とモンボーは北方面からジョリ・ジョリーに向かうわ。最短距離は怪我人のいるそっちに譲る」 「サンキュー。集合場所はプランEで」 「ラジャー」  モンボーとキャンディーの載った作業ロボを見送り、ガガンバーが作業ロボを稼働させる。  本来であれば後部座席の僕が指示をださなきゃいけないんだけど、身体がいうことを聞いてくれない。  振動の度に意識が遠のく。  出入口を過ぎた後、ガガンバーが操作をオートモードに切り替える。  意識を失ったら二度と目を覚さない気がした。  だから、それを見計らって、最期に伝えたい言葉を探す。 「ガガンバー」 「何だ、ルーファス」 「ルーが死んだ」  一拍置いてガガンバーが口を開く。 「レストランのウェイトレスか……?」  ガガンバーは続きを促さず、静かに待ってくれた。  僕は途切れる意識の中、必死に言葉を探す。 「でもさ……不思議なんだ。ずっと頭の中にいて……消えないんだ。ルーの声が。ルーの香りが。悔しそうな顔が。はにかんだ顔が。笑った顔が。……ずっと頭の中をぐるぐる回ってんだ」 「ハッ、惚れたんじゃねぇか」 「そうだよね……そうだと思う。僕は……ルーに出会って色んなことを知った。わがままに、自分の心に正直に生きていいって……教えてもらった。彼女は自由に空を飛ぶ鳥だったんだ」 「良かったじゃねぇか。これからやらないといけないことが山積みだな」 「ガガンバー、キャンディーや……モンボーともっと話したい……妹に会いたい……ルーに……会いたい」  ふいに何かが頬を伝った。  胸が締め付けられて……苦しくなって……頬を拭うと、次から次へと涙が流れていった。  自分で制御できなくて、ただただ頬が濡れていった。 「ルーに謝りたい。ルーに好きっていいたい……痛いんだ。胸が張り裂けそうなんだ。初めて死にたくないって……そう、思えたんだ……」 「じゃあ、絶対死ねないじゃねぇか! もうコロニーに着くぞ。くたばるんじゃねぇ!」  僕はマップに赤い点が灯ったのを見て、静かに言った。 「ガガンバー……止まってくれ……」 「何言ってんだ?」 「巨大生物だ」  ガツン。  ガガンバーが操縦席の肘掛を思いっきり叩いていた。 「くそッ! 何でこんな時に!」 「僕が引き付けておく。ガガンバーはその間に作業ロボから降りて逃げるんだ」 「お前を置いて逃げろだと? ふざけるな!」 「僕はもう死ぬ。だから……それまでの時間を……価値ある形で使わせてくれ」 「何言ってんだよ、俺たち二人だったら巨大生物だってイチコロだ! そうだろ?」 「僕にやらせてくれ。僕をヒーローにしてくれよ……ガガンバー……君にとってのヒーローに……」  僕が道を間違えなかったのはガガンバーのお陰だ。  僕が僕であれたのは、君がいてくれたからなんだ。  君を救いたい。この命に換えても。 「だからさ、代わりに僕の願いを聞いてくれないか? いいだろ? 一つくらい」  答えはない。  でも遮りもしない。  だから僕は続けた。 「生き延びたら……ここから生き延びたら……人生をまっとうに生きてくれないか。僕たちは……間違っていたんだ。どんな理由があれ……相手が悪人であれ……悪い手段でこらしめちゃいけなかった……。そのツケが回ってきたんだ……」  意識が朦朧としていて、うまく言葉が出てこない。  それでも、ガガンバ―は待ってくれた。  だから、やっと見つけた言葉を続ける。 「僕たちが本当に欲しかったものを……ちゃんと考えて欲しい。それはきっと……地上にはない。それはきっと……とても大事なことなんだ」  コンタクトのビジョンに浮かぶガガンバーの肩が揺れている。  泣いているのだろうか。  かっこ悪いところ見せたくないのか、必死にごまかしてるけどバレバレだ。  ガガンバーは辛いだろう。  糞みたいな選択肢を選ばないといけないのだから。でも、選んでくれ。  巨大生物のマークが徐々に近づいてくる。  ガガンバーが沈黙を破った。 「分かった……約束だ……」 「……と見せかけて、油断した僕を騙す気だろ」  ガガンバーがPCグローブを操作する前に、僕は前部座席の脱出ポッドボタンを叩いた。  ガガンバーが座る座席が、作業ロボの背中側から強制排出される。  作業ロボは後部座席のみ、前部座席の強制排出が行えた。  前部座席側からは後部座席を排出できない。  だから、ガガンバーはハッキングで僕の座席を排出しようとした。 「ルーファス、てめぇ!」  作業ロボそのもののコントロールを乗っ取られないよう、撮影用カメラ以外はオフライン操作に切り替える。  さすがにガガンバーも生身で巨大生物には立ち向かわないだろう。 「はは……何年一緒だったと思ってるんだよ……」  これで一人……一人きりだ。  僕は安堵の息を漏らし、上体を起こす。  少しでもガガンバーから巨大生物を遠ざけられるよう、前に――巨大生物がいる方角に作業ロボを進ませた。  作業用ロボ一機では、巨大生物に勝ち目などない。  だが、考えがあった。  目ん玉に削岩機をぶつけることはできるかもしれない。  明らかに弱点っぽいけど、これまで試したバカはいなかった。  そりゃそうだ、仮に弱点をついたとしても助かる保証はないし、それだったら逃げた方が良い。  仮に目玉を狙う覚悟があったとしても、映像を残す余裕まではないだろう。  実際、そうした記録は残っていない。  だけど、初めから「死ぬ覚悟」で挑めば話は違う。  僕は録画ボタンをタッチして、リアルタイムで官制局通報システムに送るよう設定した。  動画機能だけオフラインにしなかったのはこの為だ。  這う指が血で滑って、息切れが止まらなくて、視界が白んでも、僕は「前」を向く。  仮にここで巨大生物を倒せなかったとしても、いつか誰かがこの映像をもとに、巨大生物を倒すヒントを見つけるかもしれない。  弱点じゃなかったら、それはそれで価値ある情報になる。  とにかくあの目玉に削岩機をブチ込む。それが僕の最後の仕事だ。  最後の大仕事の前に、息を整えようとするが、どうやら休ませてはくれないらしい。  いつの間にか、巨大生物が大きな瞳をギラつかせ、作業ロボの前に立ち塞がっていた。 「はは……思ってたより……デカいなぁ」  巨大生物は大きなくちばしを開いた。  僕は作業ロボを操作し、一歩、前進させる。  巨大生物の攻撃を避けながら、もう一歩、あと一歩だけ踏み込む。  この前進は、死が怖くないから踏み込めるんじゃない。  未来に繫る一歩になる。  そう信じているから踏み込めるんだ。  きっと存在する、レットゥの、ガガンバ―の幸せな未来を想像してみる。  それはとても幸せで――。  ついつい声を出して笑ってしまった。  ――「前」へ――。 了
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