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08
芝生の上で背を丸め、着地時の姿勢のまま寝っ転がっていると、直ぐ後方で爆発音と衝撃波が襲ってきた。
死を覚悟し、膝を着いて振り返った。
が――背後に着地した二機の作業ロボ――独特のカラーリングと犬マークのペイントには見覚えがあった。
ドッグ・キャラバンのロボだ。
ガガンバーと僕が乗る一号と、モンボーとキャンディーの二号が、公園の芝生の上に揃って立っていた。
「みんな……」
一号が跪き、伸びた右腕が目の前で止まる。
「乗れ!」
ガガンバーだ。
僕は力が入らない足を叩き、力を振り絞って駆け上った。
マフィアの追手も直ぐそこまで来ている。
銃撃が始まり、搭乗席に転がり込む前に、腹部に一発土産をもらってしまった。
溢れる血が、意識を奪っていく。
「グッ……。ガガンバー、何で……来たんだよ……これだけの騒ぎになれば、官制局にも目をつけられるってのに……」
「来たいから来たんだよ! それ以上の理由はねぇ」
ガガンバーは咥えた煙草をふかしながらアクセル全開。
作業ロボを全力稼働させ、夜の街を駆け回った。
「ガガンバー……ごめん。……ガガンバーが言う通り、作戦は中止するべきだった……」
「決めたのは俺だ。お前が謝る必要なんてねぇよ。それより……今からピンインを出てジョリ・ジョリーに向かう。補助操作は可能か?」
「正直……微妙……かな」
「じゃあ、寝てろ、全部こっちでやる」
コンタクト画面が立ち上がり、心配そうな顔をしたモンボーとキャンディーが目の前にホログラム表示された。
「ルーファス、無茶したねー。まさかマフィアの根城に一人で突っ込むなんて……」
「バカよ、バカ……」
「はは……二人とも……ごめん」
呆れ声の、でも心配そうに眉を寄せたキャンディーが言葉を続ける。
「反省会やるから……ルーファス、必ず参加してよね」
いつもなら茶化す場面だ。
だけど、二人とも目が笑っていない。
僕が考えているより、僕の見た目がマズい状態なのだろう。
薄目のまま、視線を下げると、体中が吐瀉物と血で汚れている。
死にかけのカラスのようだ。思わず笑ってしまった。
「そろそろコロニーの出入口に着くぞ。ここからは二手に分かれる」
「官制局からも狙われてるからねー。オイラ、こんなところで死にたくないなぁ。ガガンバー、ルーファス、二人も死なないでくれよ」
「当たり前だ」
「私とモンボーは北方面からジョリ・ジョリーに向かうわ。最短距離は怪我人のいるそっちに譲る」
「サンキュー。集合場所はプランEで」
「ラジャー」
モンボーとキャンディーの載った作業ロボを見送り、ガガンバーが作業ロボを稼働させる。
本来であれば後部座席の僕が指示をださなきゃいけないんだけど、身体がいうことを聞いてくれない。
振動の度に意識が遠のく。
出入口を過ぎた後、ガガンバーが操作をオートモードに切り替える。
意識を失ったら二度と目を覚さない気がした。
だから、それを見計らって、最期に伝えたい言葉を探す。
「ガガンバー」
「何だ、ルーファス」
「ルーが死んだ」
一拍置いてガガンバーが口を開く。
「レストランのウェイトレスか……?」
ガガンバーは続きを促さず、静かに待ってくれた。
僕は途切れる意識の中、必死に言葉を探す。
「でもさ……不思議なんだ。ずっと頭の中にいて……消えないんだ。ルーの声が。ルーの香りが。悔しそうな顔が。はにかんだ顔が。笑った顔が。……ずっと頭の中をぐるぐる回ってんだ」
「ハッ、惚れたんじゃねぇか」
「そうだよね……そうだと思う。僕は……ルーに出会って色んなことを知った。わがままに、自分の心に正直に生きていいって……教えてもらった。彼女は自由に空を飛ぶ鳥だったんだ」
「良かったじゃねぇか。これからやらないといけないことが山積みだな」
「ガガンバー、キャンディーや……モンボーともっと話したい……妹に会いたい……ルーに……会いたい」
ふいに何かが頬を伝った。
胸が締め付けられて……苦しくなって……頬を拭うと、次から次へと涙が流れていった。
自分で制御できなくて、ただただ頬が濡れていった。
「ルーに謝りたい。ルーに好きっていいたい……痛いんだ。胸が張り裂けそうなんだ。初めて死にたくないって……そう、思えたんだ……」
「じゃあ、絶対死ねないじゃねぇか! もうコロニーに着くぞ。くたばるんじゃねぇ!」
僕はマップに赤い点が灯ったのを見て、静かに言った。
「ガガンバー……止まってくれ……」
「何言ってんだ?」
「巨大生物だ」
ガツン。
ガガンバーが操縦席の肘掛を思いっきり叩いていた。
「くそッ! 何でこんな時に!」
「僕が引き付けておく。ガガンバーはその間に作業ロボから降りて逃げるんだ」
「お前を置いて逃げろだと? ふざけるな!」
「僕はもう死ぬ。だから……それまでの時間を……価値ある形で使わせてくれ」
「何言ってんだよ、俺たち二人だったら巨大生物だってイチコロだ! そうだろ?」
「僕にやらせてくれ。僕をヒーローにしてくれよ……ガガンバー……君にとってのヒーローに……」
僕が道を間違えなかったのはガガンバーのお陰だ。
僕が僕であれたのは、君がいてくれたからなんだ。
君を救いたい。この命に換えても。
「だからさ、代わりに僕の願いを聞いてくれないか? いいだろ? 一つくらい」
答えはない。
でも遮りもしない。
だから僕は続けた。
「生き延びたら……ここから生き延びたら……人生をまっとうに生きてくれないか。僕たちは……間違っていたんだ。どんな理由があれ……相手が悪人であれ……悪い手段でこらしめちゃいけなかった……。そのツケが回ってきたんだ……」
意識が朦朧としていて、うまく言葉が出てこない。
それでも、ガガンバ―は待ってくれた。
だから、やっと見つけた言葉を続ける。
「僕たちが本当に欲しかったものを……ちゃんと考えて欲しい。それはきっと……地上にはない。それはきっと……とても大事なことなんだ」
コンタクトのビジョンに浮かぶガガンバーの肩が揺れている。
泣いているのだろうか。
かっこ悪いところ見せたくないのか、必死にごまかしてるけどバレバレだ。
ガガンバーは辛いだろう。
糞みたいな選択肢を選ばないといけないのだから。でも、選んでくれ。
巨大生物のマークが徐々に近づいてくる。
ガガンバーが沈黙を破った。
「分かった……約束だ……」
「……と見せかけて、油断した僕を騙す気だろ」
ガガンバーがPCグローブを操作する前に、僕は前部座席の脱出ポッドボタンを叩いた。
ガガンバーが座る座席が、作業ロボの背中側から強制排出される。
作業ロボは後部座席のみ、前部座席の強制排出が行えた。
前部座席側からは後部座席を排出できない。
だから、ガガンバーはハッキングで僕の座席を排出しようとした。
「ルーファス、てめぇ!」
作業ロボそのもののコントロールを乗っ取られないよう、撮影用カメラ以外はオフライン操作に切り替える。
さすがにガガンバーも生身で巨大生物には立ち向かわないだろう。
「はは……何年一緒だったと思ってるんだよ……」
これで一人……一人きりだ。
僕は安堵の息を漏らし、上体を起こす。
少しでもガガンバーから巨大生物を遠ざけられるよう、前に――巨大生物がいる方角に作業ロボを進ませた。
作業用ロボ一機では、巨大生物に勝ち目などない。
だが、考えがあった。
目ん玉に削岩機をぶつけることはできるかもしれない。
明らかに弱点っぽいけど、これまで試したバカはいなかった。
そりゃそうだ、仮に弱点をついたとしても助かる保証はないし、それだったら逃げた方が良い。
仮に目玉を狙う覚悟があったとしても、映像を残す余裕まではないだろう。
実際、そうした記録は残っていない。
だけど、初めから「死ぬ覚悟」で挑めば話は違う。
僕は録画ボタンをタッチして、リアルタイムで官制局通報システムに送るよう設定した。
動画機能だけオフラインにしなかったのはこの為だ。
這う指が血で滑って、息切れが止まらなくて、視界が白んでも、僕は「前」を向く。
仮にここで巨大生物を倒せなかったとしても、いつか誰かがこの映像をもとに、巨大生物を倒すヒントを見つけるかもしれない。
弱点じゃなかったら、それはそれで価値ある情報になる。
とにかくあの目玉に削岩機をブチ込む。それが僕の最後の仕事だ。
最後の大仕事の前に、息を整えようとするが、どうやら休ませてはくれないらしい。
いつの間にか、巨大生物が大きな瞳をギラつかせ、作業ロボの前に立ち塞がっていた。
「はは……思ってたより……デカいなぁ」
巨大生物は大きなくちばしを開いた。
僕は作業ロボを操作し、一歩、前進させる。
巨大生物の攻撃を避けながら、もう一歩、あと一歩だけ踏み込む。
この前進は、死が怖くないから踏み込めるんじゃない。
未来に繫る一歩になる。
そう信じているから踏み込めるんだ。
きっと存在する、レットゥの、ガガンバ―の幸せな未来を想像してみる。
それはとても幸せで――。
ついつい声を出して笑ってしまった。
――「前」へ――。
了
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