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三章 お別れなんて嫌だった
土曜日は、あいにくの雨だった。
わたしは水色の傘を握りしめ、待ち合わせの二十分も前にイチョウ公園に着いてしまっていた。
汚れてもいい格好でと言われていたけど、前日の夜に「おしゃれしなよ? 絶対だよ?」と佐緒里から釘を刺されていたので、袖口がふんわりしたパステルオレンジのカットソーにデニムを合わせてみた。
天気が悪いからアウトドアの可能性はないと確信してるけど、いちおう足元はスニーカー。
バッグは小ぶりなフェイクレザーのリュック。
これで正解だといいんだけど。
一分おきにスマホを見ながら待っていると、約束の時間の五分前に永人くんが姿を見せた。
イチョウ公園でも、わたしが入ってきた入り口とは反対の方からだ。
「ごめん、待ってた?」
そう言いながら駆け寄ってくる永人くんは、シンプルなファッションだった。白シャツに濃いベージュのカーディガンを羽織って、細身の黒いパンツを合わせているだけ。でも脚が長いからさまになっている。
「マルちゃん私服かわいい」
「あ、ありがとう。永人くんも、センスいいね。似合う」
「マジで? よかった」
永人くんがにこりとして、わたしは得体の知れない何かをごくんとのみこんだ。
さらっと褒めてくれるの、うれしいけど照れる。
そして褒めるのはもっと照れる。
どっちも慣れてないから落ち着かない。
行こう、と促されて二人で歩き出したけど、そわそわしすぎてバス停までに何度傘を持ち直したか分からない。
でも、今日も永人くんがいろいろ話しかけてくるから、少しも気づまりじゃなかった。
自分では使ったことのない路線のバスに乗って、十分ほど。
降りたところに見覚えがあるような気がしたけど、なにしろまだ地理に詳しくないので自信がない。
「こっちこっち」
言われるまま永人くんについていく。
でも、気づいたら置いていかれそうになっていた。
ものめずらしくてわたしがキョロキョロしていたせいでもあるし、そもそも脚の長さが違うせいでもある。
永人くん、歩くのが速いのだ。
わたしもよそ見せずに大股でがんばろうとしたけど、水跳ねに気をつけようとしたらどうしても慎重になって、さらに距離が広がってしまう。
「永人くん、待って」
たまらず声をあげると、永人くんが振り向き、「うわ」と驚いた。
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