一章  不審者、のち猫ばか

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 空耳かなあと思って、わたしは歩き出した。  すると、また「だんご~」という声が聞こえてくる。  公園の、となりの家からだ。  気になって、少しだけ速度をあげてその家に近づいた。  洋風の二階建てだ。赤い屋根がおしゃれ。  いいなあ、と、うらやむような気持ちでそっと門の中をのぞいた――次の瞬間、わたしはのどの奥でひっと小さな悲鳴をあげてしまった。  庭先にある広いウッドデッキの下から、デニムの脚がにょっきり突き出ていたのだ。 「な、なになになに……」  通学用のカバンを抱きかかえ、思わず一歩二歩と後ずさりする。  脚の主は腹ばいになって、ウッドデッキの下に頭をつっこんでいる状況だ。つまずいたとか、何かの病気で倒れてあんな体勢になるとは思えない。  何かの修理?   そうならいいけど、もし昨日見たサスペンスドラマみたいなことだったら――!  よけいな想像力がはたらいて、身震いしたわたし。  とにもかくにも関わらない方がいい気がして、即、回れ右。  でもまた「だんご~」という声が聞こえてきて、否応なしに目を引かれてしまった。  声が、ウッドデッキの下からしていたのだ。  声の主は、どうもこの不審人物みたいだった。  明らかに変。でも気になる。いや、明らかに変だから、気になるの?  しばらくその場で葛藤したあと、わたしはいっそう強くカバンを抱きしめ、そーっと問題の人物を観察した。  靴底が上を向いたスニーカーは、かなり大きいサイズだ。男の人だってことは確実。ついでに声の感じからすると、まだ若い。たぶんわたしと同年代だろう。  何してるんだろう。  彼は腹ばいのまま前に進むでもなく戻るでもなく、「だんご、だんごー」とくり返している。  お団子を売っているというよりは遠くの誰かを呼ぶような調子だ。  なにかいるの? 「頼むよだんご、出てきてくれ。なあって……」  彼が情けない声で訴えたとき、ようやく、わたしは『ペットが逃げ出したのかもしれない』と気がついた。  よく見たら、ウッドデッキの柱のところに小型犬や猫にぴったりのキャリーが置いてある。  ハードタイプのがっしりしたものだけど、ワイヤーネットの扉が開けっ放しだから、きっとペットがキャリーから逃げだして、そこに入りこんでしまったんだろう。  わたしは静かに彼に近づいた。「大丈夫ですか?」と声をかけるつもりだった。  自分で言うのもなんだけど、わたしは筋金入りの人見知りだから、ふだんは見知らぬ人に声をかけるなんてありえない。でも、このときは『ペットのピンチだ』と半分確信していたから、身体が動いたんだと思う。
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