三章  お別れなんて嫌だった

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「落ち着いた?」  やわらかい声が降ってきて、わたしは深い感情の海から浮上した。  腫れぼったい目で一度永人くんの顔をうかがい、気まずさに負けてぐっと頭を下げる。 「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」 「こっちこそごめん。まさかマルちゃんの猫がいると思わなくて」 「それはだって、言ってないもん。猫カフェに預けてるって……」  また永人くんに気を使わせてしまった心苦しさで、わたしは消えたいほど小さくなる。  今、わたしたちはプレイルームの隅に並んでいた。    取り乱したわたしに店員さんたちはやさしくて、「ここならゆっくりできるよ」と、案内してくれたのだ。  ベンチシートに載せられたモチモチのクッションが最高の座り心地で、わたしの太ももに添うように寝そべっているハチも、すっかりくつろぎモード。  このままだったらたぶんお昼寝し始めるだろう。  でも、さっきまではハチも鳴いていたのだ。  わたしが泣くから。  でも涙が止まったらとたんに頭や身体をすりつけてきて、もう、べったりだ。 「ハチってマルちゃん大好きだなー」 「仔猫のときから一緒だから」  答えながら、ハチの黒い頭をゆったりなでる。  気持ちよさそうに目を細めるハチは、家にいたときそのまんまだ。  わたしが落ちこんでいるときにはそばに来て、わたしが元気なときには自由気まま。遊ぼうと誘っても気まぐれにしか乗ってくれなくて、おなかが空いたときと外に出たいときだけは全力でアピール。  かわいい子なのだ。 「ハチー」  顔をのぞきこみながら、永人くんがハチの鼻先をなでてくれた。  ハチは少しも嫌がらず、むしろ自分から鼻を寄せて「もっと、もっと」って催促しにいく。 「やば。ハチかわいい」  真顔で感動する永人くんがおかしくて、少し笑ってしまった。  ハチは猫好きな人が分かるのだ。  猫嫌いの人からは逃げるけど、猫好きの人には自分から全力で寄っていく。  そんなところも愛おしい子だった。 「マルちゃん。聞いていい?」   ひとしきりハチをなで回したあと、永人くんが顔をあげた。 「なんでハチのこと飼えなくなったの?」
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