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「お手伝いしましょうか」
今まで一度も言ったことのない言葉が、なぜかするりと口からすべり出てきた――直後、ウッドデッキの下の体が跳ねあがり、「ゴン!」とけっこうすごい音がした。
頭をぶつけたらしい。「いってぇ」という悲鳴のあとで、彼はSの字みたいに体をくねらせ悶絶しはじめる。
……ああ、わたし、やってしまった。
「ご、ごめんなさい……急に声かけて……」
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらウッドデッキの下をのぞきこむ。
顔かたちまでははっきり見えないけど、やっぱり同年代だ。
目が合うと彼はハッとして、
「あ、いや……大丈夫、ちょっと驚いて……」
と、苦笑いしながら今度は慎重にウッドデッキの下からはい出してきた。
わたしの目の前で、彼は服をはたきながらゆっくり立ちあがる。自然とわたしの目線が上向きになった。彼が、立つと見上げるくらい大きい人だったからだ。
ひょっとすると一八〇センチ近くあるかもしれない。すらっとした体型だけど、クラスでも特に小柄な方であるわたしは、この体格差にちょっと緊張してしまう。
わたしがカバンを抱きしめおどおどしていると、それを察した彼が顔をこわばらせて手を振った。
「あ、俺、怪しいものじゃないです! うちの猫がこの下に入っちゃって。出てこないんです!」
「あ、はい! 大丈夫です! そうかもしれないって思いました!」
彼があわてて弁解するのにつられて、こっちもものすごく早口になってしまった。
ひとまず彼の肩から力が抜け、わたしもそれにホッとして、お互いなんとなく笑う。
そうしてはじめてきちんと対面した彼は、ちゃんとしていればそれなりにイケメンに見えそうな、端正な顔立ちだった。
今はぐしゃぐしゃの髪にクモの巣が絡んだり、ほおが砂で汚れていたりして、正直不審者以外の何ものでもないけれど、裏を返せば、なりふり構わずペットのためにがんばっているということでもある。
悪い人ではなさそう。
「この家の人ですか?」
彼にそうたずねられて、わたしは「いえ」と小さく首を振った。
「ただ通りかかっただけです」
「あ、そうなんですか……。実はこの家今留守っぽくて。家の人から見たら俺完全に不審者だよなって思ってて……」
落ち着かない様子で赤い屋根を見上げ、もどかしげに頭をかく彼。
不審者の自覚はあったみたいだ。
でも、だからこそ、同情してしまう。
わたしは胸に抱きしめていたカバンを肩にかけ直し、彼の顔を見上げた。
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