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合わさった部分はとても冷たいのに、身体は内側から燃えるように熱い。揺さぶられる度に、魂の粒一つ一つが中で擦れて熱を発しているみたいだ。気持ちよくて、嬉しくて、怖くて…色んな感情がごちゃ混ぜになって、頭がまともに機能していない。だから、ホシノさんがなにか話すのを聞いてはいたけれど、受け答えする余裕なんか全然なくて、言葉として認識できているかどうかも怪しかった。
「…私に運命は変えられない。死が近いと知っていても、どうすることもできないんだ。死を回避させる力なんか持っていないからね。それどころか…」
俺と身体を繋いだまま、ホシノさんは淡々と話を続ける。
「私が近くにいると、死にそうな魂は私に喰われることを望むようになってしまって…厄介なんだ」
こっちは必死で我慢してるっていうのにね、とホシノさんは無感動に呟いた。
「私の傍で死を待つ魂は魅入られて、私に捕食されることを受け入れてしまう。そうされたいと…願ってしまうんだ」
なんで…、
「だからね三木くん、君が私に食べられたいと思っているのは、君の意思ではないんだよ」
なんで今、そんなこと言うんだよ。
「私は少し狡いことをしてしまった。普通じゃない君の状態を利用して、君に触れてしまった。味わってしまった。赦してくれとは…言わないよ」
わかんないよ、こんな…身体ん中全部掻き回されてるときに言われたって…!
「いやだ…」
内容がちゃんと理解できないまま、辛いことを言われているのだけが感じとれた。身体を突き上げられる度に魂が軋んで、何に対してだか分かんない涙ばっかり溢れてくる。
「やだ…いやだ、いやだ…」
拒絶されている。置いていかれる。
そんな気がして、きつくしがみついた。肩口に額を擦り付けると、ホシノさんの手があやすように俺の頭を撫でた。
「君はおかしくなってなんかいない。君のせいじゃないんだ」
なだめるような言葉のわりに、声はちっとも優しくなかった。“人のふり”をしていなかった。けれど…、
「どうしてなんだろうね。いつも、君の魂はすぐに熟して還っていってしまう。それでなくとも、ひとが現世に留まる時間は短いのに…」
淡々と、まるで本でも読み上げているかのように冷たい声色なのに、彼が泣いているような気がして仕方ない。そうであってほしいと、俺が思っているだけなのかも知れないけど。
「また、君を見送らなくてはいけないね。次に会えるのは……まあ、気長に待つさ」
冷たく透き通るような、ただ綺麗なだけで抑揚のない声。味気ない氷のようなその声は、少しずつ遠ざかっているように思えた。
「さよなら、三木くん。また会おう。そのとき君は、三木くんじゃないだろうけど」
それが、最後になった。
自分の意識が落ちていってると気づいた頃にはもう全部が闇に沈んでいて、次に目を覚ましたときには、ホシノさんの気配はすっかり消えていた。室内は暗く冷えて、うっすら差し込む月光が、床を四角く浮かび上がらせている。
人の住んでいない部屋。
確かにここはそうなのだと、今は解る。
埃の臭いのする空っぽの部屋は、さっきまでと何も変わらないはずなのに、まるで最初から誰もいなかったように見えた。
重い身体をなんとか起こす。全身が酷くだるかった。制服はきちんと着せられていて、その上から吉田さんのコートがかけられていた。
「結局、置いていったんだ…」
形見も、俺も、何ひとつ持って行かないなんて。
「つめたいじゃんか…」
肝心なとこで馬鹿正直かよ。俺はコートを抱きしめて、もう何故なのか理由の解らなくなった涙を流し続けた。
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