月明かりは本当は地球の反対側にある明日の太陽から届いている光だから。

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月明かりは本当は地球の反対側にある明日の太陽から届いている光だから。

女子の間で絶大な人気を誇るナチュラル&切ない系ミュージシャンのRALAに憧れて、 「まぁやるだけやったらいいんじゃない?そういえばあんたちょっと似てるわよ、その、RALA?に。疲れちゃったらいつでも帰ってきていいからね」 と優しく頭を撫でながら送り出した両親に、 顔もスタイルも歌声も全然似てないのに、悪意無き嫌味か? なんて思いつつ勢いで田舎から出てきて、右も左もわからないまま小さな音楽事務所に入り、レッスンに通うこと、ほんの数ヶ月。 たまたま何かの仕事で来ていた社長が、たまたま何かの仕事で来ていた「彼」を見かけて、同時に、必死に発声練習とかやってる私を視界の端に捉えて何か閃いたのか、 「いいんじゃない?君ら組んだらイケるんじゃないの?」 という一声で、突然に私は初対面の彼と二人でユニットを組むことになった。 私より一回りぐらい年上に見える彼は、そういう社長の行動には慣れている様子で、 「りょーかいでーす」 と軽く答えてから私を一瞬チラ見して、 「どの辺狙う感じですか?」 「T層にウケれば何でもいいよ」 社長と二人でユニットのイメージとか方針とかスケジュールとかを話しながら部屋を出ていった。 それから何度も打ち合わせしたりライブしたりレコーディングしたり、色んなオーディション出たり地方の営業行ったりしながら、早や一年半。 正直「売れた」という確信が持てるような状態では無いけど、小さなライブハウスなら単独でもソールドアウトになったりしているし、会う度に社長は「上出来だよ」と背中を叩いてくれるので、そこそこ上手くいってるのだろうか。 私とのユニット以外にも色々仕事を抱えている忙しい彼とは、「二人で」と指定された仕事の時にしか会うことも無く、私一人で行く仕事も意外と多かったりして、もちろんプライベートでの関わりなんて一切無い。 ライブの打ち上げなんかでも、スタッフたちと大人同士の何やらを話し込んでいることの多い彼を、仲のいい同期の女の子やスタッフなんかと話す合間に離れた席から眺めているだけ。 事務所が組ませたユニットだもんね、意外とこんなもんなんだろうな。 今日もまた一人で、私には全く何が何やらな電車関係の雑誌の取材を、会社に言われた通りの内容で片付けた帰り道、駅までの近道である都会の大きな公園を抜けながら、ぼんやりと考える。 「次の曲、鉄道会社とのアレになったから、詞も電車絡ませた感じでよろしく」 今回の曲を作った時も、彼からのメッセージにはいつもの通りの漠然として事務的な一文の後に、曲UP専用のアドレスが添えられていただけだった。 アドレスをタップし、パスワードを入れてファイルを開く。 楽曲は、この段階では彼が一人で作っているメモのような仮の状態で、しかしほとんど全ての楽器を弾ける彼は、もしかすると完璧主義者でもあるのだろうか、毎回そのままリリースしても良さそうな程のクオリティの曲を渡してくる。 第一音が響いた時点で、そしてその後に広がる、歌は歌詞も無い仮の鼻歌やスキャットみたいなものだというのに見えてくる、透明で深い、眩しく多彩に輝く、だけどどこか引っかかる影も感じる、 ただ歌うことしかできない私からすると、ミュージシャンって、天才って、こういうことか、というイメージそのもののようで、感動、尊敬、憧れ、自分への焦りや失望、あぁ、くそ、ずるい、卑怯者、だから私はあなたに恋してしまうんだ。 そして組んだばかりの頃に一度だけそういう尊敬の言葉を伝えた時、 「『ただ歌うことしかできない』?それで成立するやつが世の中にどんだけしかいないと思ってんだよ。できるなら俺だってとっくにそうしてるっての」 とため息をついて笑った彼の横顔を思い出しながら、何度も何度も繰り返し再生し、満月を見上げながら、なぜか意図せず泣いてしまったのを覚えている。 今日もまた満月だな。 夜も遅い時間だというのに相変わらずそこかしこで老若男女いろんなグループが歓談している、広い芝生の真ん中で立ち止まる。 あの時は、そのままベランダで夜明けまでずっと聴き続けてたら急に詞が降りてきて、慌てて部屋に戻って一気に書き上げたのだが、後で読み返したらなんか彼への手紙みたいになってしまっていて、どうしたものかと自分で困った。 でも試しに歌ってみたら嘘みたいにハマっている気がして、どうせダメなら、 「これもいいけど別のパターンでも何個か出せるかな」 とか言われて作り直すだけだしと、そのまま送った。 今にしてみれば、彼に自分の気持ちを気付いてもらいたいあてつけのような、何かおかしなテンションになっていたような気もするけど、意外にも数日後に、 「OK出たんで、多少表現変えるとこあるけど、これをベースに行きます」 と返事が来た。 本当にこれで良かったのかな。 変に正直な気持ちを書いて、それを淡々とお仕事チックに彼やその他大勢の大人たちにいじられ、あげく世界のみんなに向けて発信され、何度も何度も人前で歌ったりしていると、なんだかものすごく恥ずかしい気持ちになる時がある。 まぁ、自分の書いたラブレターを自分で朗読してるのと一緒だもんな……。 ふと気付き、だけど正直な気持ちを歌うこと自体は、絶対に恥ずかしいことなんかじゃないんだと、ポケットからイヤホンを取り出して、その曲を、あの日と同じ満月を眺めながら、自分の想いを確かめるように、客観的な気持ちでもう一度聴いてみようと、再生ボタンを押した。 --- 今日の終電も 閉まる扉の向こうには あまり目を合わせながら話してはくれないあなたが 私を見つめてくれる数少ない瞬間 いつでもあなたがくれるものは 正しくてやさしい言葉と ゆっくりと走り出す私の家路を見送る 闇夜に浮かぶ温かな瞳 だけどふと 空に輝いているその瞳にも似た満月を見上げながら あなたとの時間をなぞる 窓ガラスに額を押しつけて ゆっくりと心の火照りを冷やしながら いつも忘れてしまっているけど いつも思い出すさざなみが また 私の心を揺らす 二人の間にあるもの これはなんだと思う? 時々私に触れるくせに あなたは求めるわけじゃない 遠い目をしながら 頑張ってなんて言わないで 本当のあなたは何を見ているの 私以外の全部 あなたの視界から奪ってしまいたいのに あぁ 負けている気がするわ 先に好きになったのは私 きっと だからわがまま言ってるのは私と思って これ以上優しい言葉なんてかけないでよ 私を深い海にでも沈めて そしてどこかへ消えて その手を握りかえしてはいけないのならば いっそ ほんの少し前までは 私の世界には存在しなかったあなたなのに 今はもう 私のすべてにあふれている人 どこから来たの どこへ行くの 私を あなたの未来にも連れて行って ひと思いに抱いて欲しいよ そして答えを見せて そのあとのあなたを そのあとの私を あなたはいつだって 私には触れぬまま優しく私を縛りつけているずるい人 あなたはそのことをわかっているの 扉の向こうからじゃなく 私に触れながら 私の目を見て その声を聞かせてよ 二人の間にあるもの これはなんだと思う? 時々私に寄り添うくせにあなたは求めるわけじゃない 遠い目をしながら 頑張ってなんて言わないで 本当のあなたは何を見ているの 私以外の全部 あなたの視界から奪ってしまいたいのに あぁ 負けている気がするわ 先に好きになったのは私 きっと だからわがまま言ってるのは私と思って これ以上優しい言葉なんてかけないでよ 私を深い海にでも沈めて そしてどこかへ消えて その手を握りかえしてはいけないのならば いっそ 今宵も月は 誰もいない部屋の扉をひとり静かに開ける私を やさしく照らしてくれている あなたよりもずっとやさしく あなたのようにやさしく 触れることのできぬ遠い空の向こうで 扉を閉める 固く目を閉じて あぁ おやすみなさい きっと また 明日 --- そうだ、明日。 聴き終えて、思い出した。 明日は久し振りに二人が揃うラジオ出演がある。 ……何着てこうかな。 ラジオなんだから服とか普通でいいのに、そして彼はどうせそんなとこを見てはくれないであろうに、ちょっと頑張ろうとしていることに我ながらため息が出たが、家に帰って結局まぁまぁの勝負服みたいなのを手に取っている自分は、もはやかわいくも思えてきた。 よくわかんないけど、とにかく、全部、頑張ろう。 そしたら、きっと。 きっと、明日は。 もっと、明日は。 終
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