修学旅行から、だれか

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 僕が中学生の時、修学旅行でのことだ。  夜、男子部屋で、百物語をやろうという話になった。  すぐに布団をかぶれば寝たふりができるので、必ず来るであろう先生の見回りも怖くないというわけだ。  男子部屋は和室に十人ずつの雑魚寝だったので、部屋の中心に全員で枕を向け、僕たちは話し始めた。  思ったよりも順調に進行していき、二週目が終わろうかという時、隣の布団にいた同級生が耳打ちしてきた。 「十人で百物語ってことは、一人十個は怖い話をしなくちゃいけないんだよな」 「そうだよ。それで百個目の話が終わる時、怖いことが起きるんだろ」 「え? なんだよそれ。途中でやめたらどうなるんだ?」 「さあ……」  僕はてっきり、皆その怪異をこそ楽しみにしているのかと思ったのだが。  百物語というのがただ怖い話をするだけだと思っているクラスメイトが、存外多かったのかもしれない。  やがて、怪談は七週目に入った。段々と、全員のろれつが怪しくなってきた。  眠いせいではない。  手足の感覚が薄れ、どこか浮世離れした感覚がにじり寄ってくる。  しかし、物語をやめられない。  まずい。何かがいけない。  その時、部屋の引き戸が静かに開いた。  見回りの先生だ、と皆が慌てて布団をかぶり、寝たふりをする。  先生は部屋に入ると、静かに中を歩き回った。  布団の外から見つめられている気配だけが伝わる。  なかなか部屋から出ていかない。  僕は次第に睡魔に襲われだした。  何分ほどかかっただろう。いつしか僕は、すっかり寝こけてしまった。  この夜のことは、それだけの話なのだが。  翌日から、一人の生徒が様子が変わった。  明るいとか暗いとかではなく、明らかに別人のような性格になってしまったのだ。  先生は、彼の親に聞いたという。 「お聞きしづらいのですが、離婚かなにか、あの子の苗字が変わることがありましたか?」  なぜ、と聞き返す母親に先生は答えた。 「実は彼、自分の名前を書き間違えるんです。それもまるで違う字で、筆跡も変で。名前を呼んでもなかなか返事をしません。まるで呼ばれた名前が、自分のものではないように」  後日、それとなく聞いてみたら、先生は「修学旅行の夜は、男子部屋の見回りはしていない」と言っていた。  それではあの夜、戸を開けて入ってきたのは誰だったのだろう。  僕らを布団の外から覗き込み続けた、あの足音は。  何が起きたのかは今も分からない。  だから卒業してからは、誰も「彼」と連絡を取っていない。 終
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