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カタカタ、と楽譜が揺れる。反対の手にコンビニ袋をぶら下げて、私は相変わらずツクヨミ小道を歩いている。
私は大人になった。昼間は中学生に音楽を教え、夜になると帰り道に酒をちびりたくなるくらいには大人になった。
右側の住宅街も軒並み年を取った。左側の竹林には買い手が付いて、中で古民家カフェなんてやっている。あの竹林の奥に民家があるなんて、昔は全然知らなかった。
ツクヨミさんはもういない。寂しいが、今の私に必要かと言われるとそうでもなかった。代わりに得られたものもあったし、まだ私はツクヨミさんを、ここで大切に生かしているからだ。
普段は自分の懐深くに仕舞っていて、こうやって一人ツクヨミ小道を歩くときだけ、そっと取り出して愛でてやる。
想いは立ち消えず、あの日の『ラ』のように夜空へ高く伸び上がっては、いつも月のある方を目指す。
私は乾いた唇の向く先を、頭上の月から手元へと移した。缶を開けるのは我慢していた。二本の発泡酒と一本のジュース、どれも出番には早かった。
ツクヨミ小道を歩ききる。角を曲がった私は、さらに踵を返すようにしてその前に立つ。
何の変哲もない一軒家の、何の変哲もない、しかし私の半分を指すようになった名前を一瞥して、門をくぐる。
玄関の取っ手を握るよりも早く、いくぶんか渋くなった夜想曲と、調子っぱずれの円舞曲が聞こえた。
私はそれらにうっとりと耳を傾けながら、明かりのこもる我が家へと入っていった。
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