南の島と望月

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南の島と望月

コンピューター画面をにらめっこする生活に季節感はなく、毎日の仕事をこなすには休息が必要だ。 私は会社を出て駅近くまでくると必ず 街路樹の上の満月を見る、 月を帰宅時間の目印にして私は季節を感じているのだ、b692d415-1994-4698-b215-d8e1346e3826 自動改札を抜けて下り電車に乗り込むと今度は電車の広告に視線が奪われる。 「ロマンチックは南の島で」 航空会社のキャッチコピーは仕事に疲弊した心理にがっちり食い込んでくる、 「有休まだ消化してなかったよな・・・」 冷房の送風口に顔を向けると「これからは南南西に舵をとれ・・・」 グッと来る公告には水着の美女が手招きして南国のプライベートビーチ付きのリゾートヴィラを紹介している 計算高い広告マンの戦略はつり革にぶら下がる様に通勤するサラリーマンを 直撃する。 額の汗は引いた様で彼の頭の中は南国の島とリンクしている、 険しかった表情は緩み、彼の脳裏には水着の女性と波に向かう映像が映し出されている、 電車の揺れとリズムは波の音のようだ、 周りの奴等はみんなスマフォを見ている、 昔の様に新聞や週刊誌を広げるひとは見られなくなった、 斜め前の鞄を膝の上に置いた男も同じ広告に時々視線を投げている、どうやら彼と同年代みたいだ、 ITを駆使したデータマーケティングは 彼等の生活スタイルをピンポイントで 狙っているらしい、 これが ユビキタス社会って言う奴かも知れない、 私達は20年前に想定した社会に確実に到達しているようだ。 翌日になっても昨日の南の島が頭の中から消えない、 納品した製品が上手く機能しないと顧客から電話が入ったらしく課長が 苦しい言い訳を続けている、今日からまた残業が続きそうだ。 リフレッシュは絶対必要だ、 ドミノ倒しを一年間も続けている様な 緊張感が プログラムが完成する迄続く、 疑心暗鬼に蓋をして 同僚を信じぬかなければ 仕事はかん遂しない、 皆のデスクの隅には可愛らしいグッズが 置いてあるのも理解出来る、 課長の机の上の手足の付いた小さなダルマ は指で弾かれてシャカリキに動き始めた、 どうしようか思案中の心中が察せられる、 それを察して女子社員は「今週の飲み会は中止ね・・・」 ともう観念している 来月には絶対に南の島でリフレッシュしなくては年後半は耐えられない 「みんな今週は頑張るぞ・・・・」 課長が部下との距離を近ずけてきた、今日のターゲットは華子さん、 「何時も頑張ってみたいだね〜頼むよ・・」 ムードメーカーは華子さんだと課長は睨んでいる、回りのみんなには挨拶程度で自分の席に着く、 課長は華子を支えてる工藤さんと紫さんを見逃している、 これでは仕事のペースは上がらない、 吉岡は三人を昼食に誘った、 「来月ね、南の島に旅行するんだよ・・ お土産は何がいいかな・・」とみんなに聞いた 紫さんも旅行に行く予定があると 切り出したら工藤も華子さんも予定が あると リゾート話が盛り上がり 「その時には僕が力になるよ・」と吉岡は念を押した、 翌日も課長は部下にハッパをかけている、「華子さん、おはよう・」 「ハイ、」 今日は昨日よりも反応がいいようだ、工藤さんも紫さんも課長の挨拶に元気に答える様になった、 吉岡は我が部署のエンジンが点火したのを確認した、 最後の仕上げに今日は華子さんを昼食に誘った、
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