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 あの女には敵わない。 「あ、張り出されているじゃん。テストの結果」  親友のカナがそう言うと、職員室前の掲示板に大々的に、この前の中間テストの結果が発表されていた。 「私たちには縁のないもんだから、早く行こ」 発表されるのは学年ごとに上位30名。そのなかに私はいるはずもない。もちろんカナも。 「縁ならあるじゃん」 「あの女の話はやめて」 「シズル先輩は……6位じゃん。すっご。ウチの生徒会は激務なのに、勉学にも手を抜かないとはねえ」 「だから、シズルの話はやめて」 「素直に『シズルお姉さん』って呼べばいいのにねえ」  カナはカラカラと喉を鳴らして笑う。私はシズルを姉と認めていない。  母が再婚することになり、私は戸籍上、シズルと姉妹になった。初めての食事会でのシズルの印象はお嬢さまってこの世に存在するんだなっていうこと。黒く長い髪に薄いパステルピンクのツーピース。少しだけ踵の高い黒のパンプス。  私はお姉ちゃんができたら、という妄想をしたことは、なくはない。一緒にショッピングに行って、カラオケで盛り上がって、洋服のとりかえっこをする。少なくともシズルを一見して服の交換なんて死んでも嫌だなと思った。パステルカラーの洋服なんて死んでも着たくない。  その日の食事会は黙々と進んだ。ナイフとフォークを動かす、口に入れて咀嚼し、飲み込む。ナイフとフォークを動かす、口に入れて咀嚼し、飲み込む。ナイフとフォークを動かす、口に入れて咀嚼し、飲み込む。ナイフとフォークを動かす、口に入れて咀嚼し、飲み込む。エンドレス。 「エマ、君は学校をどうしたい? 私たちのところに引っ越すとなると、かなり遠くなってしまうが……」  義父がそう話を始めたので、私はミネラルウォーターをひと口、飲んでナフキンで口元を押さえた。 「そうですね、できれば転校したくないですが、しかたありませんね」 「友だちと離れるのは、つらくないか?」 「それなりに社交性を身につけているので、すぐに友だちができると思いますよ。お義父さん」  私はそう義父に向かってほほ笑んだ。 「そうなんですよ、ケンジさん。エマには友だちがたくさんいるし、新しい学校でもすぐできるでしょう」  母はそう言って義父と熱く見つめあっている。やれやれ。こういうことは子どものいないところでやって欲しい。 「私は少し反対です」 「なぜ?」  私はガチャンと音を立てて、フォークを皿の上に置いてしまった。 「私の個人的な意見だけど『社交性が身についている』と判断するのは他者よ。自らそう申し出るのはおこがましいことじゃないかしら?」 「言葉の綾というものです。私は人間関係を良好に構築するスキルがあります」 「同じことだわ」 「ふたりとも早速、仲良くやっているじゃないか」  そう言う義父の笑顔は引きつっていた。私は家に寄り付かないだろうと、心の中で思い、実際その通りになった。  家に帰りたくなくてカナと街をブラブラした。カラオケに行って、もう少しでなくなりそうになっていた、リップティントを買った。  編入先は確かにお堅い女子校だ。でもそのなかで、あぶれている生徒を見つけるのは簡単なことだった。カナはヘアアイロンをスクールバックにいつも忍ばせている。登校時にはストレートだった髪は下校するときには、くるんと巻かれている。そんなカナの所作はシズルの完璧なそれより、好ましかった。 「じゃ、明日、学校でね」 「おつー」  そう言って私とカナは別れた。私はひとりでファーストフード店で夕食を済ませ、重い足で帰路についた。  鍵をなるべく静かに開けて、そっとドアを開ける。  しかしそんなことは無意味だった。ちょうどシズルがリビングから出てきたところだったからだ。 「……ただいま」 「おかえりなさい。遅かったのね。今日はお父さんもお母さんもいないわよ」 「そうなんだ。ウィークデイにデートか」 「いいじゃない。新婚なんだし。それより」  シズルは私のセーラー服のスカーフを引っ張った。そしてくちづける。私のくちびるに。くちびるを嬲られて、吸われる。 「エマにはもっとオレンジが入ったリップが似合うと思うわ」 「絶対、私はオレンジの口紅は買わない」 「エマのその目、好きよ。私のことを嫌っている目。だからずっとその瞳のままでいてね」  姉妹にはなれない。他人にもなれない。私はこの女には敵わない。でも負けを認める気にもなれなかった。服従は最後の手段だ。
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