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「この世界のこと、知りたい」  抱かれることしか仕事のない碧は自然とそう望んだ。受験のために勉強していた生活が一変してもまだ勉強したいと思うことを不思議に思いながら。 「勤勉なことはいいことだ。いいだろう。夜都に教師を選んでもらおう」 「夜都ってこの前の……」 「ああ、祭司の一人だ。堅物だが教育関係の仕事もしている」  最初にここのことを教えてくれた人だ。黒い髪に青い瞳。碧と同じ色を持つから勝手に親近感を抱いている。が、陽王と一緒に初めての碧を強姦した男なので警戒心はもっている。 「堅物って……」  堅物な男があんなことするかよと思っていたのが顔に出ていたらしい。 「あれは儀式なのだ。そなたが辛い想いをしたことはわかっているが、真摯な気持ちだということを理解してくれ」 「勝手だ。それにあんたは愉しんでるじゃないか」 「よくわかったな。愉しんだほうが楽になれるぞ」  陽王は堅物とは縁遠い人間のようだ。だけど仕事は真面目なようで朝から夜まで部屋に帰ってくることはない。部屋を出たら他の人間を抱いてるのかも知れないが。碧には知る権利も術もない。 「陽王に聞きました。アメフラシはこの世界のことを知りたいとか」  次の日の昼ご飯の時、夜都がやってきた。一緒に食べることになって緊張しながら碧は頷いた。 「うん、言葉は聞き取れるし意味もわかるけど文字が読めないんだ」 「文字ですか。そうですね、お昼ご飯をご一緒にしてもよろしいですか?」 「それはいいけど……。アメフラシって呼ぶのをやめてくれたら」  夜都は人に任せるのではなく自分で教えてくれるようだ。忙しいから、お昼ご飯の時に会話の中で知りたいことを教えてくれる。その後で子供が使いそうな本を持ってきて文字を教えてくれた。 「碧様は頭がいいですね」 「様とかいらない。俺のほうが年下だし、先生だし」 「碧……でいいのですか? 私のことも夜都と呼んでください」 「敬語もいならいよ」 「ふふ、言葉遣いはこれでお願いします。このほうが楽なんです」  優しい笑顔を見て、兄がいたらこんな感じなのかなと思った。黒髪のせいか親近感がある。 「夜都。面倒だろうけどよろしくお願いします」  陽王より余程まともな人に思えた。  夜都は教えるのが得意なようで、碧はあっという間に簡単な本を読めるようになった。そうすると碧は自分の置かれている立場や意義がどういうものなのか本で読むことができた。  昔、陽王(役職なので現在の陽王ではない)と恋仲にあった魔術師が、失恋した際に自分の命と引き換えにメリルラシェ国に呪いをかけた。雨が降らなくなったこの国を哀れに思った神様が夢にて宣託し、神子を差し遣わした。神子は祭司五人の魔力により召喚される。祭司の一人が契約を結び、彼女の涙が国を潤したという。それから、二、三年して涙が涸れると変わりの神子を召喚することになっている。一人の神子に一人の祭司と決まっているので、十五年もすれば、祭司は全て変わるのだそうだ。 「こわっ!」  読んだ時、碧は思わず鳥肌が立った。  自分の命と引き換えてまで嫌がらせをした魔術師が怖すぎた。  そう思うのは碧が子供だからだろうか。恋を知り、愛を知って、それを失った時、同じような気持ちになるのだろうか。そう思うと恋することが少し怖くなった。 「ていうか神様……。勝手に余所から攫ってくるなよな」  文句を言いたい。魔術や神様やら碧には空想にしか思えない。 「まぁ、実際ここに連れて来られたわけだけどな……」  それにここから来てから泣こうと思っても雨が降るだけで涙がでなくなった。 「碧様、お菓子をお持ちしましたよ」  侍女が何人もやってきて碧のためにお菓子やお茶を用意してくれた。食材は碧の世界と似ている。お菓子の名前は同じようなものが付いてるから不思議に思っていたけれど代々のアメフラシが作ってもらっていたというからなるほどと思った。 「あ、クレープ」 「はい、クリームとラナシャのジャムを巻いています。前にいらっしゃったアメフラシが好んだのです。碧様も気に入っていただけると嬉しいのですが」 「ラナシャ……イチゴジャムみたいだ」 「前のアメフラシもそう言っておりました」  とても美味しい。それにみんな碧が痩せているのを気にしているのかとにかく食べさせようとするのだ。 「ありがとう。でも俺、こんなに食べられないよ」 「もう、碧は痩せすぎなのよ」  入ってきたオネエ様、美海がそういいながら碧の席の横に座った。 「美海が食べればいいじゃないか」 「そうね。いただくわ」  美海は夜都と陽王と一緒に碧を翻弄した祭司の一人だ。距離感がおかしい人だが多分優しい。何かと碧を気にしてくれる。気晴らしになればとお喋りに来てくれる。 「美海様が食べたら碧様の分がなくなりますわ」  美海は祭司だけでなく偉い人なのに侍女はそう言って眉をしかめた。 「一つでいいわよ。碧に三つ置いて、あなたたちは下がりなさい」 「余ってるのは皆で食べて」 「下げ渡ししてくださるそうよ。ほら、早く行きなさい。苛めないわよ」 さりげない仕草がどうにもオネエに見えるけど、似合ってる。 「碧様、何かされたら大声をだすんですよ」  美海は侍女から信用されていないのかと思っていたら「あの子、私の妹なのよ。うるさいけど気はいい子だから……」と言われた。なるほど、兄妹なのか。  妹と聞いて、懐いてくれていた妹を思い出した。母が嫌がるからあまり構っていなかったけれど「お兄ちゃん」と呼んで一緒に遊んで欲しいと後を付いてきてたなと懐かしく思った。まだ一月ほどなのに、何年も経ったような気がする。 「美海はお兄ちゃんなのか」 「うちは兄弟が多いから大変よ。下に五人もいるの」 「夜都はお姉ちゃんとかいそう。陽王は一人っ子じゃない?」 「よく見てるのね、碧は。想像通りでビックリしたわ」  本当に驚いたのかパチパチと瞼を瞬かせた。 「碧は妹とかいそうね」 「え?」 「そんな感じがするわ」 「うん……。妹がいる」  一人っ子に見えなかったことが嬉しかった。妹がいそうと言われて、涙が出そうになって、窓の外がにわかに雨模様になったことに気付いた。 「もう! 美海様! 碧様に何かしたんでしょう!」    侍女達が連なって部屋に戻ってきた。雨が降ったことで碧を心配してくれたことがわかる。 「してないわよ。濡れ衣よ~」  侍女に責め立てられている美海を見てたら笑いがこみ上げてきた。 「美海は苛めてないよ。ちょっと向こうを思い出しただけだから心配しなくていいよ」  雨はすぐに止むだろう。
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