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 陽王は気絶した要をあらかじめ用意していたアメフラシのための部屋でなく、自分の部屋へ連れて帰った。驚く侍女たちに要の世話を任せ、祭司としての仕事を済ませた後戻った時には、妙に気分が高揚していることに気付いた。 「陽王様、こちらにワインをご用意しております」 「ああ。アメフラシは目が醒めたか?」  神の子であるアメフラシを気にする陽王の様子が普段の彼と違いすぎて、侍女は内心首を傾げながら答えた。 「いえ、アメフラシ様は眠られたままでございます」 「そうか、まさか男が来るとは思っていなかったが……」  陽王の言葉に嫌悪が含まれていないことに侍女は安堵した。  神の子に仕えるくらいの侍女ともなると、アメフラシは神子とは言われていてるが、雨を降らせるという大義の下で強姦される憐れな囚われ人だと認識している者は多い。神子は三年保てばいい方だと言われている。それは、神子の心がこの国の今の大地のように干上がっていくからだ。  祭司を愛して留まろうとする神子もいたが、二人の間にあるものが愛情でないことに心を病んで結局帰ってしまうのだ。それを身近でみることになる侍女は、現れたアメフラシを少しでも心穏やかに過ごしてもらおうと心を込めて仕えている。  儀式が人道的に酷い事だと思っていても、雨が降らなくては生きていけないのだ。  今度はいつまで保つのだろうかとアメフラシの眠る寝台を見つめて、侍女は静に部屋をでた。   眠るアメフラシの顔を見て、陽王は首を傾げた。  やはり、女には見えない。もちろんやることをやったので、疑うつもりは毛頭もない。  今までアメフラシと呼ばれる神子に男はいなかった。祭司の集まりでもそこが議題に上がったが、神の考えを人である自分達が推し量ることは畏れ多い。間違いだったとしても、陽王はこの生意気な口と蕩けるような身体を持つアメフラシで良かったと思っていた。抱き心地、上げる嬌声、生意気な口調、どれをとっても陽王を満足させる。  ワインを煽り寝台に潜り込む。眠るアメフラシを抱き寄せると、意識のないまままるで恋人のようにしがみついてきた。いや、母を恋しがる子供のように……かもしれない。柔らかい頬は、まだ男と言うにはあどけなく、きっと元の世界を思って泣くだろうと陽王は思っていた。それが、この地を潤すのだ。高い体温を抱きしめて、どうせなら自分を想って泣けばいいと勝手なことを想いながら陽王も眠りについた。  要がやってきてから一月が過ぎた。常識も非常識も違うのだと絶望していた初日を思えば、今はここにいることが嫌ではないと思っている。  陽王は、あれから何度も要を抱いた。最初の日とは違って観客もキャストもいない二人だけでだ。要が涙を流す代わりに降る雨が、痛みや恐怖でなく快楽に変化するのに時間はかからなかった。  抱いている間、陽王は唯一のものとして要に接してくれた。執拗な交わりに、身体は自分のものとは思えないくらいに敏感に変えられ、陽王の帰りを心待ちにしているような時すらあることに唖然とはしても、嫌だとは思えなかった。陽王の優しい手や言葉に要の心は満たされていった。  要は最初こそ故郷を思い出して雨を降らせた。ただ、その思い出は残念ながら美化されずに一通り思い出した後は諦めと共に安堵していた。  父親は家庭内で暴力をふるう男だった。母は法の力を借りて離婚した。要が小学校に入る頃には、優しい男性と再婚した。二人の間には女の子が出来た。母は、無意識にだが成長と共に父親の顔に似てきた要を避けるようになっていった。  仕方がないことだとわかっていても、家が自分の居場所でないと知ることは辛かった。早く大人になって家を出たいと願っていたから、今回の事は渡りに船だと言える。それが我が身を売るような事だったとしてもだ。  きっと母は、要がいなくなってホッとしているだろうと思うと雨が降った。空のほうが要よりも素直のようだ。 「そなたは家に帰りたいと言わないんだな」 「男だから」  陽王に虚勢を張ってそう答えると、「そうか」と頷いた。別に聞いて欲しいわけじゃない。家に居場所がなくて寂しかったとか、ここでは役割があって居場所があるから安心できるのだとか、そんなことは。  異世界にやってきた歴代のアメフラシは、家に帰りたいと泣くから頻繁に交わらなくても雨が降った。要は最初の三日ほど雨を降らせてあっさりと断ち切ってしまった。けれど、二ヶ月も降らなかった大地は水を欲していて、要の身体が辛いとわかっていても、陽王は要を抱いた。 「そなたの名は何という?」  二度目に抱いた時、陽王は思い出したように訊ねた。 「名前なんて意味ないんだろ? アメフラシでいい」  要は、父親がつけた名前だったから好きじゃない。  それにアメフラシは別に要でなくても良かったのだ。要の果たす役割をあの日後ろから羽交い締めにした男から説明をされたばかりだった。卑屈な気分を引きずっていたから、余計に名前など呼ばれたくないと突っぱねた。  雨を降らせるためだけに召喚され、二年か三年すればお払い箱になるのだ。帰ることを諦めた途端、終われば元の世界に返されると知って卑屈にならないほうがどうかしている。 「ウミウシとかいったか……?」 「やめてくれ!」  あんな場面で言った言葉をよく覚えていると、驚いた。ウミウシは、要の名前ではなくて、アメフラシの別名だ……。あんな軟体生物になったつもりはない。 「なら、呼ばれた時に嫌そうな顔をするのをやめろ……」  アメフラシ……、誰だって嫌だろう。でも名前も嫌だと言ったら、陽王はムッとした顔で奥を突いた。 「ヒッ! あ、動くなら言えよ……」 「生意気な事ばかり言うからだ」 「あんたも……アッ、父さんと同じだ……」  父は、要にも暴力を振るっていた。 「父親がこんな風にそなたの中に挿るのか?」 「変態め! 父さんは、暴力を振るってた……。あんたのこれは、暴力とかわんない……やぁ! やめ……っ、揺さぶるな……っ!」 「我が上で勝手に踊っているのは、そなただ。揺れる身体を止めてから、言え!」  仰向けで寝ている陽王に突き上げられて、要はガクガクと身体を震わせた。飛び散った白濁が陽王の胸に落ちる。 「名前、好きじゃない……」  これ以上責められたら壊れる。要は、くずおれて陽王の身体に抱きつき本音を吐いた。  要が陽王を拒否するために嫌だと言ったわけじゃないと気付いて、抱きとめる。胸元で、苦しげに息を吐き出す要の髪を撫でながら考えた。 「碧(あお)……、そなたの瞳の色だ。これからそなたは、碧と名乗るがいい」  この世界にきて変わったのは、瞳の色だった。まるで外国人のような色に要は戸惑っていたけれど、父親と違うとホッとしたのは昨日のことだ。 「あんたも碧じゃないか」  金髪碧眼で偉丈夫とは、こういう男をいうのだろう。 「我の一番好きな色だ。我は、この地位に就いている間は、本来の名は明かせぬ」 「陽王っていうのは、名前じゃないのか?」 「役職に近いな――。名と言えば、名だが……」 「ふうん。じゃあ、碧でいい。……ありがとう」  ふふっと笑った要、いや碧は、陽王を驚かせた。こんな些細なことで感謝されるとは思ってもみなかったからだ。自分がつけた名を喜ぶ顔をみて、陽王は再び兆した。 「あっ、もうっ、お前って絶倫ってやつだろ。お前がそんなだから、女の子じゃ可哀想だと神様が思ったんじゃないの?」  またもや可愛くないことを言う碧を下に組み敷き、陽王は、悪くないと口の端に笑みを浮かべた。碧は、自分が失言したことに気付く。 「ああっ! やだ……くるしぃ――。もう、いらな……」  やがて訪れる別れを知りながら、碧は次第に陽王に惹かれていった。
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