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 することがない要に二、三年で無駄になるがそれでもいいならと、夜都が文字を教えてくれた。音にすれば全て翻訳されるようになっているが文字は読めない。読めれば、意味がわかるという状態が気持ち悪くて要はこの世界のことを教えてくれる夜都に頼んだのだ。夜都は教えるのが得意のようで、あっという間に読めるようになった。そうすると碧は自分の置かれている立場や意義がどういうものなのか本で読むことができた。  昔、陽王(役職なので現在の陽王ではない)と恋仲にあった魔術師が、失恋した際に自分の命と引き換えにこの国に呪いをかけた。雨が降らなくなったこの国を哀れに思った神様が夢にて宣託し、神子を差し遣わした。神子は祭司五人の魔力により召喚される。祭司の一人が契約を結び、彼女の涙が国を潤したという。それから、二、三年して涙が涸れると変わりの神子を召喚することになっている。一人の神子に一人の祭司と決まっているので、十五年もすれば、祭司は全て変わることになっている。  陽王の腕の中で、雨を降らし続けた碧は、その後五年の年月をアメフラシとして暮らした。 「碧、どうした? 良くないか?」  いつもなら、陽王が碧の胎に自身の子種を注ぐ頃には雨は降り始めるはずなのに、その日は二度繰り返しても雨は降らなかった。 「あっ、あ……! 陽王! 陽王! もっと突いて!」    快楽にクラクラした頭でも、碧は異変に気付いていた。快楽は、縁から零れるほどだというのに、雨は降らない。この国に涙をこぼさなくなったアメフラシは必要なく、次に召喚されるアメフラシが来るときに還される。 「陽王、どうして……」  碧に口付けながら抜いた陽王の顔を見て、彼も気付いたのだとわかった。それでも『どうして?』と訊ねずにいられない碧に、陽王はキスを降らし続けた。 「嫌だ! 陽王、殴ってもいい――っ、他の人にされてもいい……。どんなに酷い目にあっても……俺は、雨が……」 「泣くな……」  五年間、自分の目からは一滴も流れなかった温かいものが溢れて、碧は終わりの時が来たのだと知った。 「帰りたくない……」  碧は大地を潤すのではなく、陽王の胸をグチャグチャに濡らして呟いた。 「これだけ泣いたら、作物も腐りそうだな……」 「……梅雨みたいだ……」 「つゆ?」 「うん、寒い時期から暑い時期に変化するとき、長い雨が続くんだ。鬱陶しくて、蒸し蒸しして好きじゃないけど、紫陽花は綺麗だった……」 「あじさいというのは?」 「ピンクや青色、紫の花なんだ。花びらじゃなくてガクだとか聞いたな。雨がとても似合う花なんだ」 「そなたに似合いそうだ」  五年は長かった。だれも彼も碧に優しかった。碧がアメフラシだからだとわかっていても、この場所を離れるのは、そして陽王から離れるのは、心が裂かれそうなくらい辛いことだった。 「……帰らなくていいのか?」  陽王の言葉は、睦言というよりは、確認のようだった。 「雨を降らすことが出来なくなった俺なんかいらないのはわかっている――」  必要だから、大事にしてくれたと碧は知っている。 「何を言う――。最初はそれが目的だったが……。そなたを愛している。雨を降らさなくても、そなたは私の唯一愛しい男だ」    みっともなく口を開けて呆けた碧を抱きしめた陽王は、微笑みながら愛しげに口付けた。  降らないはずの雨が、ポツポツと音を鳴らすのに気付いて、陽王が顔を顰める。 「泣いているのか……?」 「え、驚きすぎて涙は止まったけど……」  喜びで涙が出たのだろうかと首を傾げた碧の耳に、夜都の慌てた声が聞こえた。 「呪いが解けたぞ――!」  祭司の一人である夜都は、呪いの源であった鏡が割れたといった。 「あれかな……。おとぎ話的な、愛していると口付け? でもそれなら他の人もやっただろうし」  今まで数多くのアメフラシが降臨して、祭司と相思相愛になった者もいたはずだと、記憶の中の本の内容を思い出した。 「何を言っている? 要?」 「俺の世界にあるんだよ。死にそうなお姫様とか寝てるお姫様にキスをすると呪いが解けてるっていうのが」 「なるほど、そなたはお姫様ということだな」 「陽王! もう! 恥ずかしいからやめてくれ……」  歴代アメフラシの中で、嵐を伴って契約をしたのは、男であった。当代陽王に愛を乞われ、やがて受け入れた彼は、メリルラシェ国の呪いを解き、その後は陽王を辞したゼイノリアと共にメリルラシェ国で生きたという。  アメフラシの伝説として、メリルラシュ国に語り継がれるおとぎ話である。                               <Fin>
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