森のライオン

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森のライオン

誰が最初に言ったんだか知らないが、ライオンというだけで、強いだとか、傲慢だとか、そういったイメージを持たれてしまう。そんなわけで、友だちをつくるのはなかなか大変だし、弱音を吐く相手を探すのも難しい。 今日はそういうお話だ。 俺はこの森の用心棒的な役割で、とにかく強そうでいることも仕事のひとつである。強そうなやつが1人いるというだけで、敵の侵略を防ぐ抑止力になるのだそうだ。 俺は群れでの自分の仕事を全うしようと、強そうにみえるやり方を学んだ。まず、肩を大きくみせるように胸をはって歩き、話をするときは大きな声で、ハキハキと、なるべく怖い顔をしながら話す。 そういうことをしていると、例えば、シカやウサギなどは俺を避けるようになるのだが、いくらかは信用できる友だちもいた。 「ごきげんよう」 「ごきげんよう」 虹孔雀もその一人である。孔雀というのは羽を大きくみせて、そんなのがモテる、という価値観があるわけで、つまり、俺のような振る舞いは孔雀の価値観でいうと、非常に格好がよいらしい。 「今日もたてがみが立派ですこと。とっても強そうで素晴らしいですわね」 「君の大きくて美しい羽ほどではないよ」 自分のお世辞に反吐が出そうなのを感じながら、一応、孔雀の喜びそうなことを言ってやった。もし世辞を返さなければ孔雀きっと顔を真っ赤にして怒って、突っかかってくるだろう。ああ、想像するだけで面倒だ。 それで、一応の挨拶をして、急いでいる振りをして孔雀から離れることにした。 「やあ、ライオンくん、順調かい」 「おかげさまで」 ああ、面倒なやつに捕まった。長老気分のフクロウだ。 「森の様子を見てまわってきたのだがね、どうも西の方の動きが怪しい。そういうわけで、君、あの辺をちょいと根城にして、力強く狩りをしている姿などを連中に見せてやってくれないかい」 「承知いたしました。どうぞ私にお任せください」 フクロウは怪訝な顔をしてこういった。 「ライオンくん、そういうのは良くないなあ。いやいや、私に敬意を払ってくれているのは、大変に嬉しいのではあるが、ねえ?」 ライオンはしまった、と思ったが、こうなったフクロウはもう何か言えば言うだけ、話が長くなるのである。 「君の役割としては、とにかく強く、力強く、そういうことをこちらは期待しているわけだ。だから、ここは、敢えて敬語を使わずとも、俺に任せろ!というように少し乱暴に言ってくれたって私は…」 ライオンは話を聞かずに歩き出した。話を聞かないで勝手に行くというのも十分に乱暴にみえるだろう。 ライオンは森の西にいって、ぼんやり座って上の方を眺めた。太陽が水平線に沈んでいくのを見て、ああ、空とはなんと美しいものなのだろうか。そんなことを考えた。 「こんばんは」 「なんだ、君か」 「なんだ、君かとは、まったく失礼しちゃうなあ、あっはっは!」 この近くに住んでいるコウモリだった。夜が近くなったから起きて来たのだろう。 「どうしたんだい、こんなところにまで来てさあ」 「俺の勝手だろう」 「どうせ、フクロウに何か言われたのだろう?まったく、フクロウがうるさいのが、この森の嫌なところだよなあ?」 コウモリはまた、あっはっは!と笑った。 「君はまた、コウモリのくせに随分と陽気だよなあ」 「僕は生まれてこのかた、陽気に生きることにしているのさ!」 ライオンはふー。と溜め息をついた。 「俺は森のために強そうに振る舞うという、がらでもない仕事をしているってのに、お前はいい気なもんだなあ」 「おいおい、コウモリのキャラってなんだと思ってるんだよ?」 「知らない。考えたこともない」 「コウモリってのは裏切りの象徴だぜ!?」 「…おまえはこの森を裏切るのか?」 「なーに言ってるんだよ!この間子どもが生まれたって話しただろ!争いなんか、まっぴらごめんだぜ!」 「へえ…」 オギャー!という声がした。コウモリはなんとか、子どもを泣き止ませようと抱っこしてみる。しかし、子どもは泣き止まない。 風が吹いた。少しひんやりした夜の風。それで、木々がざわっとゆれた。コウモリは一瞬泣き止んだ。それからまた泣き出した。 「あー!もう、赤ちゃんって本当、よくわかんない!」 コウモリがあんまり困っていたので、ライオンは一言アドバイスしてやることにした。 「歌でも歌ってやったらどうだ?」 「オイラは歌なんか歌えねえよ!そうだ!ライオン!お前に頼むよ!昔からそういうの得意だっただろう!」 ライオンは仕方なく、木々のざわつきを真似して、歌を歌ってやった。とてもきれいな歌声だったので、コウモリも、コウモリの赤ちゃんも、音を立てずに聞き入った。 「いやあ、さすがだなあ、ライオン。鳥よりうまく歌える動物なんてお前くらいだぜ?」 「誰にも言うなよ。特にフクロウにはな」 「言わねえよー!だからさ、もう一曲頼むよ!ほら、うちの子、お前の歌をもう一回聞きたくて、また泣いてしまいそうだ!」 西の森に住むコウモリが話したことによると、東の森には、とっても歌の上手な動物がいて、ライオンも動かずに聞き入るほどのものらしい。万が一にも争うようなことがあって、歌の上手な、恐らくは、かよわい小鳥かなにかが死んでしまうのは全く惜しいということで、東の森には手をださないということが決まったのだそうだ。
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