自己満足と恩返し

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自己満足と恩返し

良かれと思って行動したことが、裏目に出る。 あたしはそんなつもりじゃないと虚勢を張った。 「運動会のリレーのバトンパス、渡す側は右手に持ち替えて、受け取る側は左手にしよう。 予め決めておいたらさ、もう落とさないと思うから!」 「そうしてたもん! アンタが落としたんじゃん、うちのせいにしないで!!」 勢いで振りかぶった手の平に、あたしの痛みではなく彼女の痛みが伝わった。 中学校生活が始まって、初めての夏。何度も顔を合わせてきた同級生に恥ずかしさなんてない。 あまり新鮮味を感じないまま、もう運動会が近づいている。 「はーあ…、みんな急に大人っぽくなっちゃってどうしたんだろう…」 私服から制服に変わった。ランドセルが指定鞄になって、部活動が始まった人にはそれぞれのスポーツバックが肩にかかるようになった。 変わったのはそれだけだ。 校舎は小学校のすぐ隣に立ち並び、家路をたどる道は同じ。 今までと何が違うんだろう。 「あ、そうだ。夏休みの課題が終わったら、買ってもらったばかりの携帯でみんなにメールしよっかな。 早めに終わらせたらたくさん遊べるし、みんなにすごいって言ってもらえるかも」 見慣れた家に帰ると、鼻孔をくすぐる線香の匂い。 どうやらお父さんが帰っているようだ。美術部で使う絵の具バックを玄関に放ると、すぐさま仏間へ向かう。 「お父さんただいま! ねえ聞いて、今日ね…」 「……」 「お父さんってば。あのね、あたし運動会で体育委員やるの。だからいろいろ出番があって…」 お父さんは仏壇の前になると、急にだんまりを決め込む。 話したいことが口からぽろぽろ零れ落ちるあたしを、まるでうざったらしいように視線を向けてきた。 「…あのな、菜摘。父さんは母さんに話しかけてるんだ。今は向こうに行ってくれるか?」 「え? お母さんはもうとっくに死んでるじゃん。どうやって話しかけるの?」 病院で静かに息を引き取ったお母さんを、一番近くで見ていたのはお父さんだ。 もう二度と会えないくらい、お父さんだって分かっている。 仏壇に話しかけるお父さんを理解できないあたしは、つい口が滑ってしまった。 ダンッ、地面がぐらぐらと揺れる。尻餅をついたあたしに、お父さんは見向きもしない。 固く握り締められた手の平から、今日見たクラスメイトのように苛立ちと痛みが伝わってきた。 「向こうに、行ってくれ」 「……うん」 意味も分からず怒られるのは避けたい。あたしには分からないことで、お父さんは怒ってしまった。 また一つ、あたしは罪悪感を覚える。
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