3:ともだち

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3:ともだち

 ルリは、神様である。少なくとも彼女はそう言った。当然ながら、それを「ああ、そうなんだ」と無批判に受け入れられるような僕ではなかった。 「それってどういう意味?」 「ことばのまんまだよ。わたしは神様。それだけ」  全く解決しなかったので、質問の方向性を変える。 「じゃあ、そうだな、証拠を見せてって言ったら見せられる?」 「うん、簡単だよ」  少し意地悪かもしれないと思ったが、意外にもあっさりと返答がきた。ルリは右手を軽く差し出す。 「触ってみて」  まさかと思いつつ、僕はその手に自分の手を重ねようとする。  ……二つの手が重なることは、なかった。  僕の手はルリの手をすり抜け、下に落ちる。確かに見えているのに、彼女はそこに物理的に存在していなかった。僕は思わず息を飲む。 「これでいい?」 「……うん。分かった」  全く分かってはいないが、とにかく目の前で起きた超自然現象に関しては受け入れるほかなかった。僕は質問を続ける。 「神様って、何の神様なの?」  自分の声が少し震えているのが分かった。 「何の、かぁ……。うーん、アキトくんの、かな」  僕の神様。その答えを飲み込んで、反芻して、やっぱり分からなかったので、さらに質問を重ねる。 「それってつまり、どういうこと?」 「えっとねぇ……小さい頃のアキトくんが、わたしを作って、神様にしたってこと」  その一言で、僕の頭の中に思い当たる単語が出てきた。存在しない人間を個人が作り上げること、つまり。 「イマジナリーフレンド、みたいなもの?」 「何それ」 「空想上の友達」  主に幼児に起こる現象で、架空の友人を作り出して、話したり遊んだりする。その存在は当然本人にしか感知できず、一般的には大人になるにつれて消えていくという。 「……まあ、そんなとこかな〜」  若干歯切れの悪い回答だったが、だいたい合っていそうだ。  小さい頃の僕も、イマジナリーフレンドとしてルリを作り上げたということなんだろうか。そのイマジナリーフレンドが十年以上の時を経て再び僕の前に現れているということが、結局のところ問題なわけだが。  ……ところで。僕はそもそもの疑問を投げる。 「そういうの、神様って呼ぶの?」  僕が思い浮かべる神様の定義は、イマジナリーフレンドとは少し離れているように思えた。 「八百万の神って言い方があるでしょ。アレはつまり、誰かが存在を信じればそれはもう神様になるってことなの」  何とも乱暴な話だが、そう言われると理屈は何となく分かるような気もした。ことこの国では、八百万の人間がいれば、八百万通りの神が存在する、と。いや、一人一つという制限もないだろうから、実際はもっといてもおかしくない。 「わたしの存在をアキトくんが信じた時点で、わたしは神様なんだよ」  そんなもんらしいよ、神様って。  そう言いながら畳に座るルリに合わせて、僕もあぐらをかく。 「でもね、神様は信じてくれる人がいなくなると消えちゃうんだ。わたしだって危なかったんだからね!」  再び語気を荒くするルリに少したじろぎながらも、そのことばに僕は納得していた。それでさっき僕が彼女を忘れていたと分かったときに、あんな表情をしたのか。……まあ、今も思い出せてはいないのだが。 「アキトくんが久しぶりにここに来てくれたのが分かったから、夢に出ていって無理やりちょっとだけ思い出させたの。それでとりあえず消えないで済んだってとこ」  なるほど、ここまででだいたい彼女に関する疑問は解けた。  彼女は僕がかつて作り上げた空想上の友達で、それはすなわち僕だけが信仰している神様である。神様であるならば、民宿の一室に無断で立ち入ることも、僕の存在を感知することも、夢に出てくることも容易だろう。実際にはそこに存在していないのかもしれないが、こうして僕が感知している以上は『いる』と表現するほかない。  ――そして、その僕にしか感知しえない存在を僕自身がほとんど忘れかけている今、彼女は存亡の危機に瀕している。 「わたしを作って、神様にして、そのまま忘れようとしてる、わたしの信心浅い信仰者サマ。それが君だよ、アキトくん」  神様から直々に不信心を咎められ、申し訳ない気持ちになる。 「……ごめんなさい」 「許す!」  僕の神様はたいへん寛大だった。 「それにしても、ホントにおっきくなったよねぇ。昔はこーんなにちっちゃかったのに」  ルリは親指と人差し指でわずかな隙間を作り、僕のかつての背丈を表現する。僕はアリか何かだったのだろうか。 「というか、君は昔からその姿なの?」 「そうだよ、前とおんなじ。髪型も服も、背も声も」  改めてルリを上から下まで眺めて、昔の僕はずいぶんと想像力豊かだったのだなと、変に感心してしまった。 「ちょっと、視線がかわいくないんだけど。アキトくんもオトナになっちゃったんだね……」 「何か心に刺さるからやめて」  僕の声はいつの間にか、普段の調子を取り戻していた。  ルリはくすっと笑ってから、急に真面目な顔になった。 「さて、そんなすっかりオトナのアキトくんに、わたしからお願いがあります」  そう言うと、ルリは正座になってまっすぐ僕を見る。改まった雰囲気に、僕もあぐらをやめて正座になる。  ルリは膝の上に置いた手をぐっと握って、少し前のめりになりながら、言う。 「わたしに、お供え物をしてください!」
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