4:おそなえ

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4:おそなえ

「……お供え物」  僕は言われたことを繰り返す。神様にお供え物をするというのは、まあよくある風習のひとつだ。それによって人々は神様に対して信仰心を示し、神様から加護を受けられるようにする。 「信仰心を示せってこと?」 「そう! なぜならこのままではわたしは消えてしまうから!」  正座からそのまま畳に手をつきつつ、ルリはこちらにずいと迫る。  ルリ神様の唯一の信仰者である僕は、この哀れな神様を救うことができる世界でたった一人の人間だ。一方でそれは、僕がこの手で彼女を消すこともできるということだった。 「今ちょっと失礼なこと考えてるでしょ」 「すみませんでした」  見抜かれた。さすがは神様。  いずれにせよ、昔お世話になったらしい僕の友達を無慈悲に消すなどという選択肢はない。それに、 「まあ、特に予定もないし。何か僕にできるなら、やるよ」  僕は向こう三日ほど、とてつもなく暇だった。  そんなわけで、僕はかつて自分で生み出した神様を消滅の危機から救うため、彼女にお供え物をすることになった。  といっても、そのお供え物が具体的に何なのかは、どうやら本人にも分からないらしい。「思い出の品とか?」と言われたが、そもそも彼女と過ごした記憶は残っていないに等しいので、何が思い出の品かも分からない。 「よく遊んでたのはアキトくんのおじいちゃんとおばあちゃんのお家だから、そこに行ってみればいいかも」  僕はその家がどこにあるかも覚えていないが、これに関してはルリが分かるらしい。聞けば、祖父母が亡くなって以来その家には誰も手をつけていないようで、鍵もかけられていない空き家がそのまま残っているということだった。  ただ、今日はもう夜だ。田舎の夜は都会のそれよりもはるかに暗く、月明かりの届かないところは本当に闇一色になる。懐中電灯やスマートフォンの灯りを使えば歩けはするが、空き家で探し物をするには無謀過ぎた。 「アキトくん、ビビってんでしょ」 「そんなわけないだろ」  実際、イマジナリーフレンドとはいえ神様が見えてしまうと、他の魑魅魍魎や悪鬼羅刹なども見えてしまいそうな気はした。まあ、そのときはきっと僕の素敵な神様が守ってくれるだろう。  ……そう思ってから、少し情けなくなった。  程なくして民宿のおばあちゃんに呼ばれ、僕は階下の居間で夕飯をいただいた。  当たり前だが、このおばあちゃんには間違いなくルリのことが見えていない。それに構うことなく普通に話しかけてくるルリを無視するのは、思ったよりも大変だった。  部屋に引き上げてから、僕はルリに注意する。 「他の人がいるときに話しかけないで。他の人には僕の独り言に見えちゃうから」 「やだ」  即答。僕の神様は聞く耳持たずだった。  ちなみに、食事はとてもおいしかった。何の種類だろうか、あの漬け物の山菜は。 「ねぇねぇアキトくん、ところでさ」  風呂に向かう準備をしていると、ルリがまた話しかけてきた。 「わたしのこと、ルリ姉って呼んでよ。昔みたいに」 「えぇー……」  小さい頃ならこのくらいの年齢の少女をお姉さん扱いするのは自然だっただろうが、十九になる今の僕が同じことをするのはだいぶ気が引ける。少し、いやかなり気持ち悪い。 「早く早くっ」  正座になって膝を叩くルリに、僕はさっきの仕返しも兼ねて「やだ」と返した。 「ぶーぶー」  幼稚なブーイングをかますルリを置いて、僕は風呂に入るため階下へ降りていく。まあ、そのうち呼んであげないこともない、かな。 「賑やかですねぇ」  台所の前を通るとき、洗い物をしていたおばあちゃんにそう言われて、一瞬肝が冷えた。
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