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「何だ」
「あ、えぇと。俺、家、反対方向で……」
爽介の家は線路の向こう側、駅の近くだった。
「どの道でも付いて行くくんじゃなかったのかよ」
「うっ……じゃあ、送ります……」
ため息と共に痛いところを突かれて、爽介は楓を家まで送らざるを得なかった。
反対方向でも、遠くても、この人を一人にするわけにはいかない。
一人になりたくない。
それは爽介自身も琴を失い悲しみに暮れていたから。
楓まで失うわけにいかない。
お互いに同じ傷を共有する者として。
それからしばらく無言のまま、暗闇のアスファルトの上を二人で歩く。
沈黙にどこか気まずさと、夜空にかかる真黒な雲のような不安を感じた。
耐えきれず、爽介は「楓先輩」と呼びかける。
「一応聴きますけど、どうして、あんなカマかけたんですか」
あんな「事」でも、あんな「真似」でもなく、あんな「カマ」だ。
死ぬ気がなかったのに、線路に立つような事をした。
命を懸けてカマをかける。
恐ろしい事だ。
なぜそこまでの事をしたのか理由が知りたかった。
「……それ」
楓は、爽介の鞄から少しだけ頭を出したスティックケースを指さす。
「ん?あぁ……このスティック」
「お前が琴から俺の事を任されたって聞いて、本当にその気があるのか確かめたかったんだよ」
なるほど。
それにしては少しやりすぎではないだろうか。
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