4-3.オーバーラン

25/43
前へ
/349ページ
次へ
「聞かせてくれよ」 一番思い出したくない。 舞台上での失敗を掘り返されて思わず顔を歪めた。 何故、それを聞くんだ。できる事なら言いたくない。 それでも、楓が聞きたいと言うのだ。答える義務が、罪悪感から生まれる。 「こけた瞬間は、あ、終わった、やっちゃったな……って思いました」 「……そうか」 突然のアクシデントに舞台上で頭が真っ白になった。 どうしていいか全く分からなくなった。そんなこと初めてだった。 しかし、そんな中でも希望があった。 「でも」 爽介は逆説の言葉を発した後、その時に浮かんだ希望を語り出す。 「楓先輩なら、ここで一番かっこを吹いてくれるかもしれない……いや、吹くはずだって思ったんです」 舞台の床で最初に浮かんだのは楓の姿だった。 そして、爽介の思った通りに楓は咄嗟にアドリブをホールに響かせた。 脳裏に浮かんだ楓と、目に映った舞台上の楓は全く同じ姿だった。 アクシデントとはいえ、瞬時に吹きたかった場所を演奏してくれた。 してくれると、信じていた。
/349ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加