4-3.オーバーラン

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「勿論、わざと転んだりなんてしてませんよ。事故です」 ここまで楓に期待していたなら、演奏したかった部分を演奏させるために図ったのではないかと誤解されるかと思った。 勿論そんなつもりはさらさらない。 「けど、楓先輩なら吹く。吹く方に懸けるって思いました」 事故があろうと、楓なら脱線寸前の列車を救ってくれる。そう思った。 爽介が、あの一瞬の出来事を語り終えた後、楓は深く息を吐く。 マフラーの隙間から、白い息が細い筋になって、すっかり夜の色になった空に映える。 「星見」 そうして隣にいる後輩に優しく声をかける。 「俺、あのアドリブ吹けて良かったよ」 すがすがしい笑顔で楓は、本心を口にした。 この空間には後悔なんて一つもなかった。 そんな楓の表情が本物なんだろうけど、爽介には信じられなかった。 あれほどまでに目標のためにひたむきに努力して、幼馴染を失おうとも、最後のカードを切ってきた楓が報われなかった事。 自分のせいだとしても、爽介は思わず、掠れる声でぽつりと「タイムオーバーは……」と言う。 結果はそれでしかなかった。 「それでも、今まで俺が見たかった世界を見る事が出来た」 「楓先輩の見たかった世界?」
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