プロローグ

5/9
前へ
/349ページ
次へ
このような若者がこの店に来ることはあまりない。 普段は来店しない客層にマスターは少し狼狽えてしまった。 「いらっしゃいませ」 そのせいか、閉店後にも関わらず、つい、お決まりの挨拶をしてしまう。 すぐさま、「あぁ、違う」と首を振り、店のドアにぶら下がるcloseの文字を無視した客に断りを入れる。 「すみませんが、今夜はもう店を閉めてしておりまして……」 閉店後に酒に酔って来店する客も稀にいなくはない。 そういった客にはこの言葉を言っておけば、大抵すんなり帰ってくれる。 「どうしても今日じゃなきゃダメなんだ」 「はぁ……」 ところがこの客は一筋縄ではいかないようだ。 酒が飲みたいならわざわざ閉店後のジャズバーなんて行かずに他の店に行けばいいのに。 「明日には日本を発つ。せめて最後に一杯だけ飲みたい」 男は食い下がる。 マスターは「知るか」と思わず口に出しそうになるが、なんとかせき止める。 しかし、すでに店は閉めているのだ。
/349ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加