吸血円舞曲

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「實奈子ちゃん、ご飯できたよー」  はあい、と生返事をした。でもマニキュアが乾いてなくて、あ、これじゃ夕飯すぐ食べれないな、と思ったので、マニキュア持ったまま「おばあちゃん!」と叫び返した。 「なーに!」 「ご飯、あとでたべる!」 「じゃ、マグロのおさしみ、冷蔵庫にいれとくからねぇ!」 「わかった! ありがと! おばあちゃん、だいすきー!」 「ばあちゃんも實奈子ちゃん大好きだよ!」  おばあちゃんとはいつも「大好き」と言い合って、会話が終わる。ふう、とあたしは息を吐き、マニキュアに風を送る。  25歳になったあたしは、田舎の山奥の、人里離れた一軒家に、ママの方のおばあちゃんと住んでいる。  パパをぐちゃぐちゃにしたあと、色々テレビとか警察とかパパの家族とかにパパとのことを騒がれて、あたしはとても疲れた。  世間的には、 「家庭という密室で起きた許されざる虐待」  だとか、 「父が娘を壊した」  とかいう話になってたけど、あたしとしては「外野が好き勝手なこと言ってるな」としか今のとこ思ってない。そのことについて考えると、ひどくだるくなってしまうので、あたしはあまりそのことを考えないようにしてる。  とにかくパパがいなくなって、帰るところもなくなってたし、どうなるんだろうなー、やっぱタイホされるのかなー、と思ってたら、ママがひょっこり戻ってきた。そしてあたしを田舎のおばあちゃんのとこに預けて、またどっか行った。おばあちゃんは優しくて、あたしを育てるお金はママから貰ってるらしかった。あたしは中学から通信教育を始めて、ちゃんと高校も出て、今はここから離れた町でバイトとかして働いてる。  生きてるうちにこれをやりたいとか、良い仕事に就きたいとかいう気持ちは、周りのみんなに比べたらあたしには全然ない。  あたしにはたぶんもう、向上心というものがないのだろう。枯れた泉みたいに、なんにも湧いてこない。でも可愛い服とかアクセとか、あと甘いものを見ると反射的に欲しくなるので、後先のこととかよく考えずにお金使ってる。一応貯金はしてるけど、稼ぎが良くないからそれも雀の涙くらいだ。 「かわいた!」  マニキュアが乾いたので、あたしは自分の部屋を出て、居間に行って、冷蔵庫からマグロのお刺身や漬物なんかを出して、ご飯を用意した。おばあちゃんはもう寝たらしい。というかいつも早寝早起きなのだ。えらい。あたしは夜型だ。今日はお休みだったから、昼まで寝てた。 「いただきまぁす」  パン、と手を合わせる。  おばあちゃんはほんとに優しくて、料理も上手い。あたしも教わってる。きんぴらごぼう、だし巻き玉子、ぶり大根……レパートリーが多くて、しかもどれも最高に美味しいから、覚えきれるか心配なところ。  あっという間に平らげて、あたしは満腹感と共に、唇を舌でぺろりと舐めた。  今でも、たまに、あの味を思い出す。 「おいしかったなぁ」  さて、次は、夜のお散歩だ。      
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