吸血円舞曲

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 あたしは父親を殺している。  あたしはその時ちょうど、小学生と中学生の間の年齢だった。4月になったら中学生になろうという、みんなが心を弾ませる特別な春休みのような時期に、あたしは、パパの耳にアイスピックを突き刺していた。ずっと前から決めていたのだ。中学生になって、生理が始まって、あたしの体と心が今とは全く変わってしまうその前に、この世で一番好きな人のなにもかもを、あたしだけのものにしておこうと。  パパのことが嫌いだったわけじゃない。  むしろ愛してた。  誰よりも愛してたからこそ、愛されなくなるのが恐ろしくて、あたしはパパを殺した。  パパは生きていた頃、「人形さんみたいな實奈子(みなこ)が好きだよ」と何度も言ってたし、「パパが實奈子を嫌いになることなんて絶対ない」とも言ってた。でもあたしにはわかってた。パパは絶対あたしに飽きる。大人になって、いなくなったママや、その他の女のひとと同じになったとき、きっと、パパはあたしを今のようには愛してくれないだろう。そして誰か、あたしの代わりのお人形を見つけて、その子を愛するようになるだろう。あたしはそう直感していた。  小学校の頃は、パパはいつも夜にあたしの部屋に来て、「このことは絶対に誰にも言ってはいけないよ」と甘い声でささやき、秘密のごっこ遊びをした。あたしは、それが楽しいとか気持ちいいとか、特に何か思ったことはなくて、でもパパが楽しそうだったから、付き合ってあげていた。パパを楽しくさせればさせるほど、パパはあたしに優しくしてくれる。だから、別に楽しくなくても、楽しい振りをしてあげた。  パパの脈拍が止まったことを確認したとき、とてもほっとしたのを、今でも覚えてる。  ああ、これで、パパのなかの一番は、永遠にあたしになったんだって。  あたしは息絶えたパパの遺体のそばに跪き、流れ出た血を満足いくまで舐めて、それから警察に電話をかけた。パパの血は熟れた桃の果汁みたいに甘い味がして、あたしはとても長いこと床に膝をついていた気がする。  パパの血を吸ったから、この先永遠に、パパはあたしのなかで生き続けてくれるんだ。  あたしは家にやってきた警察の人に、そう自慢した。  でもなぜか、警察の人は泣いた。そんなに羨ましかったのかな? と思って、「ごめんなさい」と言うと、警察の人は「あなたが謝る事なんて何もないの」とまた泣いてしまった。あんまりにも泣くので、あたしもなんだか悲しくなってきて、つられて泣いたの。いくらあたしのなかで生きてくれるとはいえ、生身のあのあったかいパパにはもう会えないんだと思うと、やっぱりどこか悲しかったから。
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