ディスイズサイコパス、音速の奇行女子

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ディスイズサイコパス、音速の奇行女子

ーーー*ーーー 東門前むぎという人間は、例えば狂人を示す単位を1ybt(やばたん)として、江戸時代にエレキテル持ち込んで電気アンマ治療に用いたとかいう逸話の残っている平賀源内を10ybt、息子の名前に「ツルハシ便利」とかいう後の彼の人生に何の役にも立たなかった一文を組み込んだゴッホの父親を20ybtくらいだとすると、 普通に100ybtは越えていってさてダーウィン賞を受賞した世界屈指のアh……狂人どもに肩を並べようかというくらいには頭がおかしかった。 そも「自分は他人の設定をいじくることができる」なんて言い出す時点で本来なら頭かちわって脳ミソの中身見てみたいレベル、その電波少女っぷりは国際宇宙ステーションと自力で通信でもおこなってしまえようかというくらい強力で、もし自分が数年間にも渡って空気に恋愛するというこれまた200ybtくらいはいっちまいそうな狂人っぷりを発揮していなければにわかにもガチマニアにも信じがたいレベルのブッ飛び野郎であったが、 入学一週間で彼女が見せた迅速かつ破天荒かつ自己中心的で自由気まま、自分とそれを取り巻く環境以外に欠片の配慮もないオウボーボ・ボーボボーな振る舞いは、ただただ俺という人間を震撼させ、幻惑させた。 入学の挨拶のとき、テンプレートにテンプレートを重ねてパナップさくさくミルフィーユにしたような祝辞を述べ、まるで教育委員会Botか何かですかお宅はと問いかけたくなるほどに当たり前かつ平凡な印象しかなかったこの学校の校長がいきなり「クラス選択化学校社会」なる斬新かつ理解不能な学校制度を、なんの前触れもなく「がーっこーうやーめるーのだー」とばかりに誰にも何の相談もなくおっぱじめたのは、まず前述の通りに東門前むぎの仕業で間違いなかった。 俺は前のページでたしかに「聞けなかった」とはいったがそれは文字通りに聞けなかっただけで、長年の狂人生活で常識という常識を破壊されたこの東門前むぎという女は、ともすればこの校長のクビを打ち切獄門同好会にしてしまうとも限らない設定の改編を、あたかもトムとジェリーの一幕を語るかのごとく楽しげに、愉快に、そして悪気なく時分の仕業であると暴露してきた。 ……いやこういうのを暴露などといったらあれだ。勇気を出してしくじり先生に出演してくる芸能人たちに申し訳ないというものだろう。彼女はその行動自体に丸っきり、坂本っきり、小林っきり、ビヤヌエバっきり悪気を感じていないので、当然それを本来伏せるべきものだとは一ミリたりとも思ってはいなかったのだ。 たぶん、俺の設定を改編して愛犬ロボテツよりも純粋な愛情表現プログラムを叩き込んでむぎちゃん大好き人間にしたてあげてしまった事自体、あの気の触れたラブレター……自分で言うのもなんだが愛の脅迫状ともいうべき感情のるつぼが彼女の家のポストを埋め尽くすことがなければ、悪いことだとは思わなかっただろうしそも今現在こうして隣にいることもなかったのだろうとは思う。 確か記憶がまちがいでなければ、彼女が俺をラブレター臨写機にした動機は、それこそ設定変更によって不特定多数の他人から恋愛感情をぶつけられることに飽きたからだったはずだ。とすれば、おそらくこの日本……あるいは、ひょっとしたら世界のどこかには未だに、東門前むぎを忘れられなくて胸を締め上げられ縛り上げられ吊るされむち打ちの計に処されるような苦しみに耐えているような人間もいるかもしれないわけだ。 ああーそれは地獄でしょうね。地獄八景亡者戯の若旦那もフグなんぞ死んでも食うかと言い出すくらいの地獄でしょうとも。俺にはわかるのだ。三年近く地獄を過ごしてきた俺には。 まだ彼女とこうして毎日顔を合わせられるだけ俺は幸運なのかもしれない。発作のように1日18通ペースで送っていたラブレターは、1日一回下駄箱に突っ込むくらいで気が済むようになった。なにせ目の前に恋愛対象がいるという安堵を得られるのである。夜中寝る時間帯、会えない不安で救心じゃどうしようもないレベルの息切れ動機が起こることを除けばほぼ日常生活を普通におくれるようにもなった。これは大きな進歩と言っていいだろうとおもう。 まぁ少し俺の話で話題が脱線事故を起こして運輸省が重大インシデントに指定しようかというところだが東門前むぎの奇行に軌道を修正しよう。 彼女はその他人の設定を弄れるというディオも真っ青のスタンド能力をもって、この学校……あ、学校名言ってなかったね、これがまぁ世にも珍しい奇妙な名前の高等学校なんだが…… …………。 …………。 …………。 ………え?今言ったでしょ? いやだから、 『世にも珍しい奇妙な名前の高等学校』なんだってば。 ………お察しの通り、当然東門前むぎの仕業である。 話は入学式の当日に遡る。さかのぼるといっても坂を上っていくわけではないので司馬遼太郎の坂の上の雲を朗読しようというわけではない。まぁ今のボケは自分でも150ybtくらいあったと思う。閑話休題。 彼女は廊下で「そういえばこの学校の『私立木内虫幡上小堀入会地太平高等学校』ってとっても言いにくくて覚えにくいですよね?」と俺に言ってきた。 え?何て読むかって?「きのうちむしはたかみこぼりいりあいちおおだいら」だ。高等学校くらい自分で読め。 言いにくいも何もないというか、そもそも長くて俺なんかは覚える気もなかった訳だが彼女は覚えているばかりかまるで早口言葉のようなこの難読にして長ったらしい地名を一息に言ってのけた。 ……これがただの滑舌自慢であったならどれほど教職員の皆様はよかったことでしょう。米津っぽいけど米津じゃない。今でもあなたは私の絶望なのだ。 俺が「まあそうだね」と答えてしまったのが事の発端になるわけだが、はっきり言ってこれに関して責任を問われてもめちゃくちゃ困る。第一次世界大戦はたった一発の銃弾によって始まったとされるが、その全ての責任をセルビアの皇太子を撃った青年に押し付けるのにはさすがに無理があるだろう。それと同じ、などと簡単に言ってのけるつもりはないが、ひとつ言えることは俺はその青年と違って悪気もなく本当にただの一会話の答えとしてそれを言っただけだ。 すると東門前むぎは「うーんこのネーミングセンス。よし、変えにいきましょう。」とサラッと言ってのけると思い立ったが13日の金曜日、そのまま俺の手を引いて校長室へと直行した。あ、手ぇ握られた俺の心拍数は察しろ。きたさいたま2000の連打よりひどいことになっていた。 第二話でパソコンほしいからという単純明快な理由でパソコン同好会に殴り込みをかけたどっかのSOS団団長よろしく当たり前のように校長室のドアを蹴破って、繰り返す、蹴破って突入した東門前むぎは、その長くて黒い綺麗な紙を朝もやのなか勢いよく開いたカーテンのように揺らして、朝顔が朝露を払うかのように優雅にそれをかきあげると、 突然の出来事に驚くしかない校長に対してわずかに一言、こう言い放った。 「あなたは今日から木内虫幡上小堀入会地大平アレルギーです。木内虫幡上小堀入会地大平という地名を聞くたびに悪寒を覚えて木内虫幡上小堀入会地大平を見るたびに目が痒くなります。だからあなたは二日後にこの学校の名前を変えるでしょう。」 ーーーその瞬間俺が「は?」と理解不能を言葉で示すより早く、目の前の校長に異変が起きた。明らかに目が座ったのである。それもおっちんとんと言われた赤子が可愛らしくちょこんと座ったレベルではない。海軍の一兵卒が理不尽にも上官に精神注入棒でケツをシバかれやむなく膝を折ったという感じで、唐突かつ困惑したようにガクッとその目を座らせてのである。俺は察した。ああ、こうやって皆……俺も、設定を変えられていくのだと。 不幸にもその瞬間、校長は木内虫幡上小堀入会地大平というワードを見るだけで酷くばアナフィラキシーショックをおこしてしまおうかという木内虫幡上小堀入会地大平アレルギーになってしまった。ここは木内虫幡上小堀入会地大平高校、木内虫幡上小堀入会地大平という文字はそこらじゅうに溢れていて、当然木内虫幡上小堀入会地大平アレルギーの校長にはとても耐えられた環境ではなくなってしまったわけだ。 「校長先生、その学校の名前、私が決めさせてもらいますね。」 校長は快く頷いた。頷いたというか糸が切れたマリオネットの首が折れたという方が真実に近かっただろうがまぁ気のせいだろう。俺は正直恐怖のため息のひとつもつきたかったが、東門前むぎは当たり前のようにその間を与えることなく、破壊的な笑顔で、岡本太郎の芸術が爆発するレベルの破壊力のある笑顔でもって、こんなことを言ってきたのだ。 「世にも珍しい奇妙な名前、がいいですよね。」 ………もう説明の必要はないだろう。次の瞬間校長は椅子を跳ね上がるように立ち上がり、臨時の教職員会議を開いたかと思うと高校の名前を『世にも珍しい奇妙な名前の高等学校』に変更することを提案した。 当たり前の話だが高校の名前を変えるなどというのはそうそう簡単な話ではなくて、複雑な手続き、時間、各所の許可が必要なものだろうが、 設定を変えられ謎の使命感に燃える校長の情熱は止まんねぇからよ、もはやフリージアが流れてギボウノハナー状態であった。 許可が得られまいが俺はこの学校から木内虫幡上小堀入会地大平という文字を抹殺しなければならないんだああ言ってるだけで口が痒くなる!と名称の変更を強行、現実がどうもならないなら事実だけでも変えてやると校門の表札を変え、校歌を作り直し、校章をデザインし直し、そして木内虫幡上小堀入会地大平という言葉を吐いたら退学という校則を作り上げた。事実上、木内虫幡上小堀入会地大平高等学校は消滅した。そして世にも珍しい奇妙な名前の高等学校が爆誕するのである。すべては東門前むぎの思惑通りになった。 この出来事ひとつとっても東門前むぎの行動が破天荒とかいうレベルを超越して大雨洪水暴風波浪土砂災害警戒レベル5天荒であることは理解頂けるだろう。たちの悪いのは彼女に悪気が全くなく、かつ本来なら確実に大失敗だと認識するはずの『世にも珍しい奇妙な名前の高等学校』などという世にも珍しい奇妙な高等学校の名前も、普通に面白がってそのあと自慢の能力でもって修正するような事もないのである。 正直とんでもない奴に恋をさせられてしまった、と俺は思った。まぁ当たり前だろう。俺は悪くねぇ。ルーク・フ○ン・ファブレではないが、俺は、俺は悪くねぇのである。 少なくとも一生涯、俺はこの狂気のマッド野郎、鳳凰院凶魔さんもシュタインズゲートを捨てて裸足で逃げ出しそうなサイコパス女を愛し続けなければならないということなのだ。病めるときも、健やかなるときも、雨の日も、風の日も、雪にも夏の暑さにも負けず愛し続ける事を誓わされてしまったわけである。 人はこういう状況をさしておそらくこんな風に表現するだろう。 『生き地獄』、と。
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