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「じゃあ高水の<あの噂>も知ってんの?」
相原が急に声をひそめた。
光軌はきょとんと首を横に振る。
裕、なにかの噂になってるのか?
「そりゃお前は知らないよな、陸上バカだもん」
どこか安心したような面持ちで相原は言う。
「悪口かよ」
「ちげーよ、お前は人の噂とかしないだろ。俺と違って。そういうとこを褒めてんだよ」
「いや、全然褒めてなかっただろ」
光軌の不満げな顔を見て、へへ、と相原はまたいたずらっぽく笑う。
「お前が知りたくないなら言わないよ」
今度はまっすぐな目で相原が言った。口元は相変わらず半笑いだが、今度はどこか思いやりを感じた。
裕の噂。<あの噂>。
光軌はもう一度、スケッチブックに無心で向き合っている裕に目をやる。
相変わらず線の細い、まるで彫刻のような整った横顔が見えた。
スケッチブックを見降ろす睫毛は、午後の光に照らされてちらちらと瞬いている。
俺はあいつのことを何も知らない。ただそこには幼馴染という肩書きがあるだけだ。
光軌はふと口を開いた。
「……知りたい」
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