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相原は目を丸くした。
「え、いいの?」
光軌は無言でしっかと頷いた。
相原の椅子がギッと音を立てて光軌の方へ近づく。相原は声をひそめた。
「美術教師の常陸とデキてるらしい」
全く予想だにしなかった言葉だった。しかし光軌は表情を変えなかった。
常陸は、中年の美術教師で、男であるにもかかわらず。
「……全然驚かないな?」
アレおかしいな?と相原は首をひねった。
光軌はなんとなく知っていた。裕は女性ではなく男性に惹かれる性質であることを。
「いや、めちゃくちゃ驚いた」
その相手が、常陸であることには。
「じゃあ顔に出せよ、なんか怖いだろ」
「すまんすまん」
笑ってごまかす。五限の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
教室を出る時、もう一度だけ、と思って裕の方を見た。
さらさらとした前髪がふっと揺れて、その大きな瞳が見えた。
あ。
視線がパチンと交差する。
その綺麗な顔に、表情はない。それでも光軌は、心の深い場所をノックされたような、変な衝撃を受けた。
その瞳はあまりにも真っ直ぐ光軌を捉えていた。
まるで、他には誰も見えていないと高々に宣言されたようだ。
そして光軌はあの放課後を思い出した。
中三の冬。裕にキスされた教室を。
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