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裕は入り口から、窓際に座る常陸を見ている。二人の間の距離が、それ以上縮まることはなかった。
「先生、おれ美術部やめる」
裕は長い睫毛を伏せながら言った。
予想通りの言葉だったが、面と向かって言われるとやはり、少し悲しかった。
「……うん。わざわざ言いに来てくれたのか?」
常陸はそれがなんでもないように、少し微笑んで応えた。すると裕は顔を上げて、じっと常陸をみた。
「先生は大人だから、って、甘えてた。おれは先生の気持ちを利用してた。ごめんなさい」
裕は目をそらさずにそう言った。
——謝られてしまった。
常陸は少なからず動揺した。それを悟られないように、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。
裕はたしかに、愛に飢えていた。だから、光軌から受け取れない分の愛や欲を、常陸にもらうことで満たしていた。
そうしてこころを満たすために、常陸を利用していたのは事実だ。でも、裕が謝ることじゃない。常陸も、裕の心がここにないことをわかっていて、愛をあたえていたのだから。そして、裕を愛していた気持ちは、まぎれもなく本物だった。
——謝られたことで、俺の与えていた愛までもが、過ちだったかのように聞こえてしまうじゃないか。
常陸にとってそのことは、悲しみを通り越して、腹立たしかった。
ゆっくりと煙をはいて、常陸はやっと口を開いた。
「裕、俺のこころはずっとお前のものだったよ。……だから、謝らないでくれ」
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