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はっと目を見開いて、裕はきゅっと唇をかんだ。
裕は、謝るな、という常陸の言葉の意味を瞬時に理解していた。
常陸は煙を吐いて、すこし笑った。
「……あいつには伝えられたのか」
裕は静かに、でもたしかに頷いた。
「よかったな」
常陸は水道に吸い殻を押し付けて、立ち上がった。入り口からこちらを見つめる裕を背に、再びグラウンドを見おろす。そこに海津光軌の姿を探してみるが、裕のようにすぐには見つけられなかった。
「……光軌、優勝したよ。週末の国体。400メートル」
気がつくと声の聞こえる距離が近くなっている。常陸が振り返ると、裕は二、三歩先に立っていた。
さらりとした前髪の隙間から、秀麗な瞳がこっちを見ている。
もとは一目惚れした裕の顔に、再び胸が高鳴ってしまいそうで、常陸は視線を逸らした。
「優勝って、すごいんだな、あいつ」
「一応陸上部のエースだから」
裕はゆっくりと常陸の方へ近づいて、いつものように窓際に立った。
「……惚気かよ」
グラウンドをみおろす裕の横顔をみおろすと、やはり熱を帯びている。裕はすぐに、あいつの姿を見つけられるのだ。今までずっと、追い続けていた姿だから。
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