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柿の妖精
「沖縄だとさ、ガジュマルの木にはキジムナーっていう妖精が住んでいるっていう話が有るんだけどさ」
「あー、あるよねそんな話」
「俺、見たことあるんだよね」
夕飯の時間に息子がそう言った時、私は「また始まったか」と思った。来年高校生になる私の息子は、最近よくそんな感じのことを口にする。「宇宙人を見た」とか「死んだじいちゃんの霊に会った」とか……
少し前に父親が突然居なくなったことがよほどショックだったのかと思い、精神科を受診させようかとも思ったが、歳頃の男の子には割とよくあることだというネット情報もあり、とりあえず様子を見ている。世間では「中二病」呼ばれているらしい。
「ふーん」
「やっぱり信じてないだろ」
私は息子の話をあからさまに否定したり肯定したりしない。それが息子にはどうにも気に入らないらしい。
「それがマジなんだって、木の妖精っていってもガジュマルじゃなくて、ばあちゃんちの柿の木なんだけどな」
そう言うと、息子はテーブルの上に並べられていた料理の中から、夫の大好きだった酢豚を選んで口に運び、再びテーブル越しに私の反応を伺ってきた。
「へー、で、どんな見た目だったの?その妖精さんは?」
「俺もちっちゃかったからよく覚えてないんだけど……お姉ちゃんだった」
「はぁ、お姉ちゃん?」
それからしばらく二人の無言の夕食が続いた。息子はなにかを真剣に考え込んでいるようだった。私も別に続きが気になるわけでもないので、続きを促したりはしなかった。
少し経ってやっと息子が口を開いた。
「俺がちっちゃいころさ、おふくろが体壊してしばらく俺ばあちゃんちに預けられたじゃん」
「うん」
昔から体の弱かった私はよくそういうことがあった。息子や周りの人にもとても迷惑をかけてきたと思う。
「その時にさ、よく庭で遊んでくれたお姉ちゃんがいたんだよね。でも、ばあちゃん達は、そんな子知らないって言うし、いつも1人で楽しそうに遊んでたって言うし」
「ふーん?」
小さい頃にあまり遊んであげられなかった私を遠回しに責めているのだろうか…
「庭の真ん中に小さな柿の木があっただろ?俺が庭に出ると、その陰からお姉ちゃんが手を振っててさ、一日中一緒に遊んで、たまに木になってた柿の実を取って『食べてみて』ってくれるんだよ。すげー美味しかった」
「……」
「名前もきいたんだ。でも教えてくれなかった。名前はつけてもらえなかったって言ってたかな。ただのお姉ちゃんだよって。あっ、そうそうその子、今思うとちょっとだけおふくろに似てて……ってどうしたんだよ?」
「……あ、ううん、なんでもない」
心あたりが、なくもなかった。
息子には話してなかったが、私は息子を産む数年前に娘を出産していた。
……正確には、できなかった。
娘は生後まもなく死んでしまい、名前をつける暇もなかった。
その後すぐに実家の庭に柿の木を植えたのだった。その子のことを忘れないように。
「あの子、おふくろが元気になってから見てないけど、いなくなっちゃったのかな?また会ってみたいな。お礼とか、したい」
「……うん、そうね」
「……えっ?」
息子は私が話を信じかけていることが予想外だったらしい。
「お母さんも柿の妖精さんにお礼がしたいな」
そして『ごめん』って言いたい。名前だって、つけてあげたい。
「信じてくれるのかよこの話」
「……うん、今までのどの話よりも割とありそうかなって思った。」
この時の息子の顔を私は一生忘れないだろう。
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