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「そうやって助かったのが俺」
カイは防波堤から身を投げようとしていた娘に語った。
「人間、選択で人生は成り立ってるけど、自分だけの選択じゃねえよな。
あんた、そのお腹、赤子がいるんだろ?その子はあんたの選択で人生が決まる訳だ。
ここで俺と会ったのも何かの縁。自殺なんてやめるんだな」
娘ははっとしたように自分のお腹を見つめた。そして、戸惑うようにお腹をさすると、一度目を閉じた。
「そうね。もう、どうしようもないと思ったけど、もう一踏ん張りしてみるわ」
「そうしろや」
カイはそう言って防波堤を後にしようとした。そのカイの歩みを止めたのは、
「カイ!その女だ!リーの子供を身籠ってるのは!」
という兄貴分のクウの声だった。防波堤に向かってくる。
「この女、なのか?」
髪の色が違うから油断していた自分にカイは舌打ちする。娘の方を見ると、娘は怯えた目で見つめ返してきた。
「くそっ」
カイはやり切れない思いに一度こうべを垂れたが、苦い笑いを浮かべて娘を再度見た。娘の目には涙と怯えが浮かんでいた。
「わりぃな。俺も生きてかなきゃいけねえんだわ」
カイは娘を後ろから海へ突き落とした。
息を切らしてやってきたクウは、
「女をどうした?」
と訊いてきた。
「……銃で撃って海に落としました。助かりはしないでしょう」
「そうか。明日死体が出るのを待とう」
カイは心のどこかで願っていた。娘が助かることを。もし娘が生き残れたなら世の中捨てたもんじゃないと。神様を信じてもいいんじゃないかと。
「まあ、まさかね」
あの日と同じ青い丸い月が、海を白く照らしていた。娘が落ちた時にできた波はすっかり凪いで、海はただ静かに月明かりを受け止める。
「ああ、月が綺麗だ」
カイは目をぐいと擦った。
月は綺麗なだけで何もしてはくれない。
了
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