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マリス・ロックウェルは、朝の三番通りを歩いていた。
ここ、デライトシティ三番街は、朝から多くの住民で賑わう。この煩さが、夜になれば一気に静まり返るのだから、大したものだとマリスは思う。
世間を賑わわせているのは、春がやって来た事だけではないのだろう。最近はあの物騒な話題で持ち切りだ。この街には野次馬が多過ぎる。
ニャアーォ……。
ふと、声がした。マリスの愛する者の声。顔を向ければ、路地裏の入り口に、尻尾のない黒猫が座って、こちらを見ていた。
「やぁ、良い朝だね」
この騒がしさはどうにかならないものかと思うけど、と苦笑しながらマリスは膝を折り、黒猫に手を差し伸べる。
「昨晩はよく眠れたかい? この季節はベッドが暖かくて、ついつい寝過ぎてしまうんだ。君も寝坊には気をつけた方が良いよ」
マリスにそっと頭を撫でられながら、猫はニャアーォ、と気持ち良さそうに鳴いた。一仕切り撫でられて満足したのか、マリスの手をするりとくぐり抜け、路地裏へと入って行く。
「そっちへ行くのかい? 暗いから気をつけるんだよ」
明るく見通しの良い三番通りも、少し道を逸れただけで、真っ暗闇へと姿を変える。朝だろうとお構い無しの暗さだ、と呟くマリスのコートのポケットの中で、携帯電話が振動した。
「珍しいな、こんな時間に」
今日は休業日だが、万一事務所に電話がかかって来た時は、助手に応対するよう言ってある。マリス個人にかけて来るとは、よほどの急用だろうか。
携帯電話を開いて、電話の相手を確認し、マリスは納得した。
「マクファーレン警部ですか。おはようございます」
警部が自分から電話をかけて来るという事は、大方あの話だろう。マリスは快く応対した。
『朝早くからすまない。今から言う場所に来れるか?』
警部が挙げたのは、四番街のある住所だった。
「そこに行けば良いんですね? 分かりました。五分で着きます」
『ああ、助かる。なるべく早く来てくれ』
通話を切ったマリスは、次いで、助手に『急な仕事が入ったから、事務所は任せたよ』と連絡を入れて歩き出した。
黒猫が消えていった路地裏を、去り際にちらりと見やって。
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