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今日は主人のミリヤム様と、ピクニックをしに初めて外出する。
それは荷物持ちとかそういう意味ではなく、一緒に住む家族としてだそうだ。奴隷として今までいろいろな家に仕えてきたが、一緒に出掛けようと言ってくれた人はいなかった。
場所は王都の郊外にある、中心に大きな木が一本生えるているだけの公園。人が本当に少ないため、ゆっくりしたい時にはいい穴場だ。
「よし、忘れ物はないかな……」
私は緑色のバックの中身をもう一度確認する。と言っても入っているのはお昼の弁当とちょっとしたお菓子だけだ。
「おーい、オリーヴ。そろそろ行くよー」
この透き通った美声はミリヤム様の声だ。
「はーい。今行きます!」
片手でバックを持ち上げ、足早に一階に向かう。
階段を降りると、お気に入りの白いワンピースを着た主人が玄関の前で待っていた。
腰まである銀髪と特徴的な赤い目に背も高くまさに美人。
「準備はできた?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ行きましょうか。馬車はもう家の前にいるからね」
「すみません。馬車の手配を任せてしまって」
「気にしなくていいよ、全部任せるわけにはいかないからね」
これが奴隷に対する態度なのか。私はいつも疑問に思う。
普通馬車の手配は私のような使用人がしなければならないと思うのだが、ミリヤム様はまかせっきりは悪いからと、ご自分で手配なさる。こんなに優しい主人の下につけて、私はつくづく幸せ者だ。他の主人もミリヤム様みたいだったらいいのに。
「オリーヴ、どうしたの? 俯いちゃって」
「あっ、いえ! 何にもないです。すいません」
「そう、何もないならいいけど。もし具合が悪いなら言ってね。一応薬草は私のバックに入ってるから」
「いえいえっ! 大丈夫です、ありがとうございます」
しまった、ミリヤム様に心配をかけさせてしまった。気を付けないと。
「それでは、参りましょうか」
「ええ」
玄関の鍵を閉め中庭を抜けると、門の前に馬車が止まっている。見たところ豪華な仕様ではないため、庶民が使うような馬車の様だろう。普通の金持ちならこんなのには乗りたくもないだろうが、恐らくミリヤム様が呼んだのはこの馬車だろう。わざわざあんなガチャガチャしたのに乗らないくていいとよく言っている。
「ミリヤム様、先に乗っていてください。私は運転手さんに地図を渡してきます」
「分かったわ」
ミリヤム様が乗車するのを確認して運転手のおじさんのところに行き、事前に作っておいた地図を渡す。
「運転さん。ここまでお願いします」
「はいはい、えーっと。郊外にある公園ですね。分かりました」
「じゃあ、よろしくお願いします」
おじさんに一礼をして私も馬車に乗った。
内装はいたってシンプルだが、やはり金持ちが乗るような馬車には見えない。まあでも、ミリヤム様がそれでいいなら私も何の問題もない。
「じゃあお客さん。出発しますよ」
そう言っておじさんは鞭で馬を叩き、馬車がゆっくりと動き出した。
実際に乗ったことはなかったので、少し楽しい。思ったよりも揺れが少なく、非常に快適だ。奴隷なのにこんな体験ができるなんて私は幸せ者だ。
庶民用の馬車でこれなのだから、貴族が乗る馬車はどんなに快適なのかとちょっと羨ましくなる。
「あっ、そうだ。馬車の中で食べようと思ってお菓子持ってきたんだ。オリーヴも一緒に食べよ」
そう言って私のミリヤム様は、ポケットからクッキーが入った袋を取り出し、それを私の手の平の上に乗せる。
「それはオリーヴの分ね。私のはもう一袋あるから」
「あっ、はい。ありがというございます」
見たところよく商店街に売っているような代物だ。最近買い物に行くとこの袋を目にするようになった。今流行っているのだろうか。
袋の口を開け、中に入っているクッキーを一枚取り出し、それを口に運んだ。
「おいしい……」
チョコレートの味だろうか。でもそんなに甘くなくてちょうどいい。奴隷出身の私からしたら見に余るような代物だ。
「味はどう?」
「はい、とてもおいしいです」
「そう、それは良かった」
ミリヤム様は嬉しそうな顔をして自分の分のクッキーを頬張った。そんな主人を見て私も自然と笑みがこぼれる。
思えばミリヤム様に路地裏で拾ってもらってからもう一か月になる。主人に捨てられもう死んでもいいかなと思っていた私を、今の屋敷で住まわせてくれて、さらに奴隷としてではなく一家族として接してくれている。
毎日お腹一杯ご飯を食べれて、温かいお布団で寝れて、本当に幸せ者だ。
でも一つ気になっていることは、なんで奴隷である私をここまで家族同然に接してくれるのか、という事だ。私が知っている主人たちは全員、奴隷を道具のようにしか扱わなかった。それは私も同様だ。
でもミリヤム様は家族のように接してくれる。いい機会だし公園に着いたら理由を聞いてみよう。
「ふわー、眠くなってきたね」
クッキーを食べ終わったミリヤム様が大きく欠伸をした。
「そうですね。まあ、なんか食べた後はお腹が減るものですよ」
「あとどれくらいで着くのかな?」
「数刻ほどかと思います」
「そっか、まだ到着まで時間があるし、寝ようか」
「ミリヤム様はお休みください。私はもしものために起きていますから」
「オリーヴも寝ていいよ。別に私のために起きている必要はないよ」
「いえいえ、流石にそれは。主人の横で使用人が寝るなど……」
「いいのいいの、そんなの気にしないで。だって私たちは家族なんだから」
「いや、でも――」
「……」
寝てる、はやっ!
まさかたった数秒で寝てしまうとは。私でもそんな早く寝れない。
「ふわー」
なんだか私も眠くなってきた。頭がボーとする。どうしよう、寝ちゃおうかな。でもそれは使用人としてどうなのか。でも家族って言ってくれたからいいのかな? よくわからないや。
「はっ!」
しまった、寝ちゃってた。ここはどこだろう。
窓の外を見るとそこは王都とは違い随分田舎のに見えた。
ここら辺だともう郊外の端の方かも。ということはもうすぐ着くかな。
「あっ、オリーヴ。起きてたの」
「ミリヤム様。すいません寝てしまっていました」
「別にいいよ、それよりあとどれくらいかな?」
「はい、もう間もなく到着です」
「そう、分かった。じゃあ下りる準備しようか」
「そうですね」
数分後、公演の正面玄関に馬車は止まった。
降車の際におじさんに近くで待っているように伝え、私たちは公園に中心に聳える木に向かった。
ここには初めて来たが見事に何もない。一面が草原で本当に大きな木が一本生えているだけだ。逆になんで他の木が生えていないのか不思議なくらい。
「近くで見ると大きいですね」
「本当だね」
その木は思っていたよりも幹が太く、背も高かった。うちの屋敷の二倍かそれ以上かもしれない。
「どこに座りましょうか」
「そこの木の根元にしようよ。ちょっと座れそうじゃない」
ミリヤム様が指さした方を見ると、確かに少し根っこが出っ張った部分がある。
「そうですね、ここにしましょう」
私はミリヤム様が座る部分に柔らかい布を敷き、その横に作ってきた昼食を並べる。
「オリーヴはどこに座るの」
「私は地面に座りますよ」
「えー、ダメだよ。そこのお弁当をどけて座ればいいじゃん」
「ですがそれでは、テーブルの代わりになるものがありません」
「いいよ、太ももに乗せて食べれば」
「それでよろしいのですか」
「うん、いいからほら早く座って座って」
ミリヤム様は弁当箱を持ち上げて、座るように促す。主人が望んでいるのだから拒むこともできず、私は腰を掛ける。
「じゃあ、食べようか」
「あっ、はい。そうですね」
ミリヤム様は嬉しそうに弁当箱の蓋を開ける。中には朝私が用意したサンドウィッチが入っている。これでも料理には少し自信がある。と言っても食材を切ってパンで挟んだだけだが。
「うわー、おいしそう。いただきまーす」
ミリヤム様が一つ頬張ると、一気に幸せそうな表情へと変わる。
「うーん、おいしい。やっぱりオリーヴが作るご飯はおいしいね」
「ありがとうございます。どんどん召し上がってください」
自分の主人に褒められるとやっぱり嬉しい。それがミリヤム様だという事もあるだろう。つい頬を赤らめてしまった。
「ほら、オリーヴも食べなよ」
「えっ、いや、私はいいですよ。ミリヤム様が全部お食べください」
「いいから食べて、ほら」
ミリヤム様がサンドウィッチを一つ取り、私の前に出す。
「あっ、はい。いただきます」
拒むこともできず私はそれを受け取る。本当は全部ミリヤム様の分として作ったけど、まあせっかくだから食べちゃおう。
パクリと頬張り味を確かめる。
うん、美味しくできてるかな。でもなんかちょっと物足りないかな。今度は隠し味的なのを加えてみるのもいいかも。
「でも、こんな風にオリーヴとお出かけできてよかった。私は幸せ者だね」
「どうしたのですか、いきなり」
「ううん、ただこうやって一緒にピクニックできて嬉しいってだけだよ」
そんな風に言われると、恥ずかしくてつい顔が赤くなってしまう。同じ人間として扱ってくれるのは嬉しいが、やはりまだ慣れない。そんな私のことを気にせず、主人は幸せそうな顔をしながら食事を取っている。
そうだ、このタイミングでなんで私に優しくするのかを聞いてみようかな。
「あっ、あの。ミリヤム様」
「ん? どうしたの」
「……あの、どうしてミリヤム様は私にこんなに優しくしてくれるのですか? これでも私は奴隷ですし、奴隷というものは使いつぶされるよな存在だと私は思っています。ですがここに来てから、ミリヤム様は私のことを家族のように接してくださいます。その理由を教えていただけませんか?」
「……」
あれ、ミリヤム様が黙ってしまった。という事は何か言えない事情があるのだろうか。そうだとしたら無理に聞き出すわけにはいかないが。
「そうだね、せっかくだからオリーヴにはこのことを話しておくよ」
「えっ?」
「私ね、元々孤児だったんだ」
「えっ! そ、そうなんですか」
「うん、小さいころに親に捨てられてね。今みたいに裕福な生活はしてないし、もしかしたら奴隷として人生を送っていたかもしれないんだ」
そんな過去があったなんて。てっきり生まれた時から裕福な家庭で育っていると思っていたのに。
「では、なぜ今はこのような生活を?」
「それはね、もともと今の家の主人だったおじいさんが私を拾てくれたの」
「では、屋敷はその方の自宅だったのですね。ちなみにその方とは」
「パーシヴァル伯爵って知ってる? 昔ここら一体の地主をしていた人らしいんだけど」
「はい、前の主人がその人と会っているのを見たことがあります」
「まあパーシヴァル様は顔が広いからね。それで私はこの人に娘のようにかわいがってもらって今に至るんだ」
「そうなんですか。でも私、こちらに来てからパーシヴァル様のお姿を見ていないのですが、どちらにおられるのですか?」
「今はちょっと病気で入院してるんだ。それでパーシヴァル様からしばらくの間代理として地主を引き受けてくれないかって言われてね」
「そうなんですか。でもそれと私を引き取ってくれたこととどういう関係が?」
「パーシヴァル様が常々言っていたんだけど、いつか奴隷という存在が無くなってみんなが平等に暮らせる日が来るといいなって言っていてね。だから私もパーシヴァル様と同様に奴隷制を廃止したいと思うようになったんだ」
「そうだったんですか」
だから奴隷出身の私にあんなに優しくしてくれていたのかな。このご時世に奴隷に対して優しくしてくれる人がいるのは私も嬉しい。
「それに……」
「それに?」
「あの時のオリーヴは目が死んでたからね。生きることを諦めていたような顔をしていたから」
「あはは……お恥ずかしい」
そういえばミリヤム様と出会った時の私は精神が最悪だったなあ。主人に不要って言われて捨てられた直後だったから、かなり心が病んでたな。
あの時はミリヤム様に対しても酷いこと言っちゃってたから、本当に申し訳ない。
「そんな子を見過ごすほど酷い奴ではないからね」
「あの時は本当にありがとうございました。もしミリヤム様に拾われていなかったら自ら命を絶っていたと思います」
「今なら命の重要さが分かるでしょ」
「はい、もう心にしみます」
「よかった、一つの命だってかけがえのないものだからね」
そこまで言うと一つサンドウィッチを手に取り、頬張る。また幸せそうな顔をしている。そんなに喜んでもらえるとは嬉しいな。
「あの……ミリヤム様」
「どうかした?」
「私、ミリヤム様に仕えることができて本当に良かったと思っています」
「違うでしょ」
「えっ?」
「私たちは家族だよ。少なくとも私はそう思っている。だから、オリーヴも私を親だと思って接してほしいんだ。あれ、でも私は十八であなたが十二だから親というより姉妹だね」
「私とミリヤム様が姉妹ですか?」
「うん、だからこれからは様付けしなくてもいいよ。敬語もやめよう。なんなら気に食わないことがあったら私をぶってくれてもいいよ」
「いえいえ、流石にそんなことは」
「あはは、冗談だよ冗談。でも、それくらい軽い気持ちでこれからは接し合おうよ」
ミリヤム様は太陽のような優しい笑顔でそう言ってくれた。
その時私は思った。もう甘えてもいいのだろうかと。
出会ったころは私をおちょくっているのかと思ったが全くそうではなく、むしろ本当の家族同然に接してこられたため、私もどう対応していいか分からなかった。
でも一緒に過ごして来て、ミリヤム様は他の主人とは圧倒的に違うことが分かったし、もう私は奴隷ではなく家族の一人として見られている。
だったらもういいか。
「わかりま……分かったよ。ミリアムがそれでいいなら」
するとミリアムが弁当箱を持ったまま立ち上がって、私の方を見た。
「よし、これからは姉妹ってことで毎日楽しく過ごそうね」
「うん」
「じゃあ早速、姉妹でやっていきたいことがあるんだ」
「何をするの?」
「もちろん奴隷解放のための作戦会議だよ。ずっとパーシヴァル様と進めてきたんだけど、二人だけじゃ意外と大変でね。だからオリーヴにも手伝ってほしいんだ。いいかな?」
「もちろんだよ、お姉ちゃん」
姉と言われたのが嬉しかったのか、ミリヤムがそわそわしている。可愛い。
「よし、じゃあ早速帰って作戦会議だ!」
「おーっ!」
私たちは弁当箱を高々と上げると、そそくさと片づけをして馬車に向かって走った。その時の空はなぜかいつもより美しく見えた。
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