三月の風、一輪の花

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「すっごい花束だな」  両手いっぱいの花束を見て、苦笑いする涼介。私は助手席に乗り込み、ドアを閉める。 「隣の部署の子や、お得意さんまで駆け付けてきちゃって……早く出て行けってことかもね?」 「また楓は、そういうひねくれたことを言う」  涼介が笑って、エンジンをかける。慣れた手つきでハンドルを切り、私たちを乗せた車は駐車場を出る。 「ほんとによかったの?」 「なにが?」  前を見たまま、涼介がつぶやく。 「専業主婦になること」  私はぼんやり窓の外を眺めていた。  夜景なんて言えないほどの、少しのビル明かりと車のヘッドライト。  もうこの時間に、この道を走ることもないだろう――そんなことを思っても、やっぱり何の感情も浮かんでこない。 「今さら何言ってんの? 私が決めたことなんだから、それでいいの」  涼介が人の良さそうな笑顔を見せる。 「明日、迎えに行くよ」  目の前の赤信号を見つめながら涼介が言った。 「一緒に市役所、行こうな」  返事をしてもしなくても、涼介は迎えにくるだろう。そして私たちは役所に行って、一枚の用紙を提出する。 「婚姻届」――私は明日この人と、結婚するのだ。
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