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10 魅力
「全部って……」
あたしは苦笑いしてしまった。いつだったか、似たようなことを言ってきた男がいた。
その男は婚約して3日後に破談にしようと嫌がらせというか、陥れるための工作をしてきた。
もちろん、殿下の言葉を嘘だと決めつけているわけではないが、こういうひと言も嫌なことを思い出すトリガーとなってしまう。随分と面倒な人になってしまったものだ。
苦笑いの中にはそういう自嘲的なモノも混じっている。
「ふふっ、殿下、全部と言われても全くピンと来ないのですが。皆さんにそういうことを仰っているのではないですか?」
あたしは微笑みながら冗談っぽく返してみた。
「クリスティーナ、先程から失礼だぞ!」
「いや、良い。確かにクリスティーナの言うとおりだ。今のは抽象的過ぎる発言をした余に非がある」
アウレイナスは相変わらず爽やかな表情を崩さない。それどころか、あたしを庇うような言い方をしていた。
「そうだな、そなたの良いところを順番に挙げるとしよう。例えば、先月の騎士団の演習を視察した時のことだ――」
彼は先月、騎士団で模擬戦をした時の話を始めた。
「そなたは強かった。自分よりもひと回りも大きい男たちを無双の剣戟で屠っている様子はまさに、鬼神の如き強さでな」
アウレイナスは頷きながら語っていた。
ああ、やたらあたしに絡んでくる輩が多かったからまとめて相手をしてやったんだっけ。
「それから、3週間ほど前だ。建国記念のパーティーをそなたはいち早く抜け出したと思えば、城の前の小川に指輪を落とした友人の為に、ドレスのままで川に飛び込み指輪を拾っていたな。髪の毛までずぶ濡れになって、笑って友人に指輪を渡していた。――あとは、この話もしなくてはな――」
殿下の口から出てくるのは、あたしがお父様にすら隠している恥ずかしいエピソードの数々だった。
えっ、この人、あたしのこと好きだと言ったよね。
「――とまぁ、挙げたらきりが無いな。はっはっは」
ひとしきり話した後、アウレイナスは満足そうな顔をしていた。あたしはお父様や殿下の護衛の人からの痛々しい者を見るような視線が辛かった。
「あの、殿下、今はあたしの良いところを仰って頂けると思ったのですが……」
あたしは釈然としない顔をした。
「もちろんだ。何か問題があったのか?」
彼は不思議そうな顔をしている。どうやら、あたしが男をボコボコにしたり、川に飛び込んでずぶ濡れになったりした所を見て好きになったらしい。
これって、アレじゃないか? なんか珍しい動物を見つけたから飼ってみたいとかいう。そんな感じ。
「いえ、特には……」
あたしはアウレイナスの瞳を直視出来なかった。
「そうか。余ばかりが話していて少し退屈させてしまったようだな。そなたは何か余に聞きたいことは他に無いのか?」
彼はあたしが乗り気ではないことに既に気が付いているのかもしれない。
かなり気を遣っているように見える。
「特にはありません。ただ、殿下には、あたしみたいなガサツな人間よりも、メリルリアさんみたいな可愛らしい人の方がお似合いだと思ったものですから」
あたしは何故かメリルリアの名前を出してしまった。無意識だった。
「メリルリア? ああ、バーミリオン伯の所の……」
アウレイナスはチラッとメリルリアが座っている方を見た。
「彼女も魅力的だと余は思うが……、そなたにはそなたにしかない魅力がある。余が好きなのはクリスティーナ=ハウルメルクという人間なのだから」
少しはにかみながら、彼は優しくあたしの言葉に返事をした。
多分、前世までのあたしならアウレイナスを手放しに信じてしまうと思う。
でも、駄目なんだ。優しい言葉が怖くて仕方がない。ここから逃げ出したくて堪らない。
あたしは殿下の言葉を聞く度に血の気がサーッと引いているのを感じていた。
「そぉ、ですか……」
あたしは少し俯きながら、絞り出すように声を出した。
目が合せられない。怖い、恐い、コワイ――。
「どうした? 体調が悪いのか?」
アウレイナスは心配そうな声を出していた。
「いえ、申し訳ありません。殿下、あたし、その、婚約は――」
あたしは、耐えきれなくなって、言ってはならないことを口に出そうとする。
「クリスティーナ!」
お父様が狼狽したような声を出す。ごめんなさい。お父様……。
「よい、クリスティーナ。無理に今すぐ、婚約せずとも良いのだ」
思いもよらないアウレイナスの発言にあたしはハッとした表情で顔を上げた。
「――その代わりと言うわけではないのだが……」
彼はひと呼吸置いて、少し照れ臭そうな顔をした。
「余とデートとやらをしてくれぬか?」
「へっ?」
あたしは思いもよらない殿下のリクエストに間の抜けた声が出てしまった。
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