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15 天眼
「おっおう、元気そうで安心したぜ、アウレイナス。この国には、一応、ひと月くらい前にな。ちょっと野暮用があったからよぉ」
ケビンは気まずそうな顔をしていた。
まさか、彼が5年ほど前に失踪したという、アーツエルヌ王国の第一王子ライケルヴィン殿下とでも言うのだろうか?
確かに、青髪だったような気がするが、ボサボサの髪の毛だし、半裸だし、全然気が付かなかった。
「兄上、余が、いや僕が貴方が居なくなってどれだけ……。でも、良かったです。兄上さえ戻って来てくれれば、この国も安泰。僕も安心できます」
アウレイナスはまるで少年のような顔付きになり、目を潤ませながらケビンの手を握った。
「そりゃあ逆だ。アウレイナス、俺が戻っちまったらこの国は混乱してしまう。親父も体が弱いし、長くねぇだろ。近いうちにオメーに王位継承権を正式に移譲するように手配してやる。頼んだぜ」
ケビンは頭を横に振って否定した。
うーん、話が掴めない。どういう事なんだ?
「そんな、兄上が王になった方がきっと……」
「こら、それ以上、言ったら駄目だ。まっ、オメーが結婚するまでには、全部キレイにしてやるからさ、安心してくれや。――おっと、オメーの護衛の連中も俺に気付きやがったか。そんじゃあ、またな!」
ケビンは言い終わるのと同時に、風のようなスピードで走り去って行った。
そんな彼の背中をアウレイナスは寂しそうに追っていた。
だから、何があったんだ? 割と王家が面倒なことになってそうだな。
「取り乱して、すまない。クリスティーナ、余の方からデートに誘っておいて申し訳ないのだが……。ちょっと、城に戻って調べることが出来た。また、埋め合わせはする故、今日はこれで失礼させてくれぬか?」
アウレイナスは真剣な顔付きであたしの目を見た。今朝の彼とは違う、人間らしいというか、これが彼の本来の顔つきなのかもしれない。
「あたしは構いません。アウレイナス様には何か事情がありそうですし」
あたしは思わぬ提案に彼には悪いが少しだけラッキーだと思ってしまった。
どのようにして、婚約の話を逸らすかということと、早めに切り上げることを思案していた所だったので憂いが消えたからである。
「そうか、申し訳ない。それでは、失礼させてもらう。護衛を何人かそなたに付けて送らせよう」
アウレイナスはあたしを気遣う言葉を忘れなかったが、表情はどこか上の空だった。
かくして、あたしとアウレイナス殿下との初デートは唐突に幕を閉じたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あたしは一度、家に戻り“ルシア”の格好で町に再び出た。
今度はメリルリアに会うためである。
メリルリアとの約束の時間にはまだかなり余裕があるな。しかし……。
「どうして、オレをつけているのですか? ライケルヴィン殿下……」
あたしは背後から視線を感じて後ろを振り返った。
「はっはっは、やっぱ、その格好だとかなりの色男だなぁ。いやぁ、オメーを見ててちっとだけ気になった事があってよぉ」
ケビンとの再会は思わぬスピードだった。あたしを見て気になることだって?
「気になることですか? それにしても、まさか、あなたが失踪中のライケルヴィン殿下とは思いませんでしたよ。先日は失礼しました」
あたしは頭を下げて非礼を詫びた。
「ケビンでいいよ。一応、冒険者ケビンとして旅をしているからさ。だから、敬語も必要ねぇぜ。まぁ、そんなことより、オメーに聞きてぇことは、アレだ――」
ケビンはひと呼吸置いて発せられた言葉は、今日のどの言葉より驚いた。
「――今のオメーの人生は何回目なんだ?」
「――はぁ?」
あたしは稲妻によって心臓が貫かれたような感覚になって、息が詰まりそうになった。
「だからさぁ、オメーの体にとんでもねぇ数の“因果の鎖”が見えるんだよ。こりゃあ、一回や二回じゃねぇ。オメーは何度も死んでいる。絶望によって心を壊されてな。正気でいるのが不思議なくらいだぜ」
ケビンの瞳が黄金色に光る。なんて事だ、あたしの秘密を……。どの前世でも誰も気付かなかったのにあっさりと……。
「あっ、貴方のその眼は何なの? あたしのことを全て見透かして――」
あたしは男言葉を使うのも忘れるくらい狼狽えていた。足が震えて立っているのがやっとだ。
「さっきも言ったろ。俺の眼は特別なんだ。“天眼”って言ってな。聖女だったお袋から受け継いだ真実を見通すことが出来る便利な力だ」
「“天眼”? 受け継いだ?」
あたしはよく意味がわからなかった。
「まぁ、簡単に言ったらそのモノの本質が分かるっていう感じかな? 安心しろって、アウレイナスは“天眼”を持ってねぇから。あいつと俺は腹違いだからな――」
ケビンは自分の眼について説明した。アウレイナスと母親が違うのは知っていた。確か、最初の王妃は国王陛下と結婚して出産後、すぐに亡くなっていたはずだからだ。
それにしても、真実を見通せるって、男装を見破るどころじゃなかったのか。
あたしの秘密を、誰も信じてくれないから話せなかった秘密を――この人は見抜いている。
どうしよう――吐き出してしまったら、もう戻れないような気がする……。
でも、あたしは、耐えきれなかった。
今まで塞き止めていたものを全て吐き出すように――。
あたしは彼に88回の“婚約破棄から死”という因果を全て話してしまったのである――。
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