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25 処刑
天眼――全てを見通すことが出来る、俺のお袋の形見みたいな力……。
アウレイナスが生まれてから、オレの眼には他人の悪意がよく見えるようになった。
害意、敵意、殺意、これが偽りの表情とともに黒い刃となってオレに向けられる。
平民の血を引く第一王子――上級貴族の連中からするとオレという存在が国王になるという日が来るということが耐えられなかったらしい。
幾度となくはっきりと見えてしまっている悪意に殺されかけ、いい加減、親父にすら腫れ物扱いされていた。
城の中の俺の味方は数少ない第一王子派、そして、この争いの当事者にも拘らず、俺をバカみたいに慕っている弟だけだった。
『この国を出られるというのは本当なのですか? 兄上!』
『ああ、俺が居ない方がくだらねぇ争いも無くなるだろ。我ながら無責任だとは思うけどよぉ。オメーはいい王様になりなよ、アウレイナス』
『そんな……、兄上と違って僕は弱い……。無理です!』
『かっかっか、弱いときたか。んならよぉ、せめて嫁さんはせいぜい強い女にするんだな。オメーにゃそんな奴がピッタリだぜ』
『はぁ、結婚相手――ですか? 強い女性……』
『じゃあな。アウレイナス、達者でな』
俺は国を出た。それが、あの時点では最善だと思ったからだ。
それにしてもよぉ、久しぶりに帰ってきたときは驚いたぜ。
あの野郎は本当に“強い女”を自らの婚約者に選んでいた。
「だけどなぁ、ありゃあ強すぎるだろ。実際……」
彼女のことを思い浮かべながら俺は思わず苦笑した。
88回もの人生で絶望に飲まれながらも、前を向いて歩いている女性。
そりゃ、バカって思うくらいの一直線だし、すげー年数の経験がある割には意外と思慮が浅かったりする。
それでも、アイツの心は人間らしかった。バカで良かったとすら思うくらい。
「すまねぇな、アウレイナス。あんないい子と形式状でも婚約破棄させちまって……」
「兄上、僕は納得出来ません! 父上が決めた事とはいえ――。それに、クリスティーナも死んでしまった。僕はこれからどうしたら――」
「ああ、クリスティーナのことか。彼女なら――」
「えっ?」
「オメーなら大丈夫。誰よりも優しいオメーなら、立派な王様になれる」
それが、弟との最後の会話だった――。
そして、俺は今から処刑場に向かう。
俺の希望で公開処刑にしてもらったからな。せいぜい、キレイに死んで見せるか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ライケルヴィン=アーツエルヌの処刑を始める!」
処刑人が宣言する。おそらく大剣を携えて……。
俺は目隠しをされて、処刑台の上に連れて行かれた。
「最期に言い残すことは無いか?」
処刑人が俺に静かに質問をする。言い残すことねぇ、そんなもん……。
「ねぇよ、とっとと、殺ってくれ――」
未練なんてねぇ。そう、この世界に未練なんて……。
「へぇ、そう。でも、あたしは言いたいことあるけど……」
俺だけに聞こえるくらいの小さな声……、だが、しかし、誰の声なのかは明らかだった。
んな、バカな……。
「動くなよ。怪我したくなったらな」
『ズバンッ』という音と共に処刑終了の宣言が成される。
何があった? なんで、俺は生きている? なんで、俺は生きたまま棺に入れられてるんだ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こいつぁ、どういうことなんだ? アウレイナス、そして――クリスティーナ!」
ケビンはわけが分からないというような表情だった。とりあえず、この表情を見れただけで、多少は溜飲が下ったかな。
「ああ、処刑人を代わってもらったんだよ。あたしにね。アウレイナス様に頼み込んで……」
あたしは大剣を片手にケビンの疑問とやらに答えた。
「はぁ? 何言ってんだ? 処刑って、俺、生きてるじゃねぇか」
ケビンはまだ不思議そうな顔をしている。当然だろう。あたしがどれだけ苦労したか判ってないのだから。
「あたしさぁ、手品が得意なんだよねー。ほらっ」
「クルックー」
あたしは右手から鳩を出して見せた。
「うむ、クリスティーナのマジックは見事だった。あの場に居た誰もが兄上は処刑されたと思っているだろう」
アウレイナス殿下は頷きながら、あたしの手品を褒めてくれた。
「手品だぁ? オメー、まさか、その手品なんかで俺の死を偽装したっつーのかよ!?」
「えっ、そうだけど……」
「なんで、オメーが、んなことすんだよ? バレたら、タダじゃすまねぇぞ!」
ケビンがあたしの肩を掴んで、ぐらぐら揺らしてきた。まったく、粗暴な男だ。
珍しく半裸じゃなくて、正装で身なりがキチンとしてたから、高貴な感じがするなぁって思っていたんだけどな。
「そんなの、決まってるでしょ――“仕返し”だよ……。あたしの『クリスティーナ=ハウルメルク』としての人生を壊した、“仕返し”をしたんだ」
「壊しただって? いや、だってグランルーク派は潰したんだから、『クリスティーナ』として、また生きてきゃいいじゃねぇか」
「生きられない! もう、あたしは、いや、私は、『クリスティーナ』としては、もう生きられないんだ……」
私は、自分の心をずっと偽ってきた……。
でも、あの瞬間、心の枷が弾け飛んでしまった――。
あたしでも、オレでもない、私の人生が産声を上げた――。
「だから、これは仕返しなんだよ。私からのね――」
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