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26 門出
ライケルヴィン=アーツエルヌが処刑された次の日の夜、私はベルモンド家の2階のある部屋に忍び込んだ。
「やぁ、マリーナ。元気にしてた?」
窓から部屋に入った私を見て、マリーナは口を大きく開けて叫びだそうとしていた。
「モゴモゴ……」
「しーっ、静かに……」
私は、マリーナの口を急いで押さえた。
ここで、叫ばれたらちょっとした騒ぎになってしまう。
なんせ、私は死んだことになっているのだから……。
「えっクリス? 本当にクリスなの? だって、あんた自殺したって――」
マリーナは目を見開いて私の顔を見ていた。
そりゃ、こんな反応になるよね。死人がいきなり窓から侵入したら誰だって驚くだろう。
「まぁ、色々あってさ。このとおり、元気なんだよねー」
「あっ、その頭の軽そうな感じは間違いなくクリスだ」
「ちょっと、それどういう意味だよ?」
状況をあっさり受け入れるマリーナに安心しつつ、私は彼女の失礼な発言にツッコむ。
「でもさ、ぐすっ……。もう、一生、会えないと思ってたよ……、生きてて、よがっだ……、クリスぅぅぅ」
マリーナは泣きながら、私に抱きついてきた。こんなに大泣きする彼女は初めて見た。
気丈な人だから、私は面食らってしまった。
「ごめんね。マリーナ、生きてるって黙っててさ。悲しませて、本当にごめんなさい……」
「いいのよ。クリスが生きてるだけで、いいの……、とでも言うと思ってた?」
「――えっ? まっマリーナ?」
マリーナの抱き締める力がドンドン強くなる。ちょっと痛いんだけど……。
痛いっ、本当に痛いって!
「痛い、痛いよっ! 本当に折れちゃうから、ごめん、マリーナ。私が悪かったって――」
「この、馬鹿クリス! 私がどれだけ悲しんだのかわかってる? 本当に、どれだけ私が……」
マリーナは悲痛な表情で私を見た。
うっ、そんな顔をされると罪悪感が凄い……。
「ごめんなさい。これには深い理由があるんだ。だから、そろそろ、話を……」
私はマリーナの背中を撫でながら、話をしようとした。
「深い理由?」
マリーナはようやく落ち着いたのか、泣き腫らした顔を傾けて、こちらを見た。
そんなわけで、私は彼女にこれまでの経緯を話した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――ベルモンド家が第一王子派かぁ、知らなかった……。お父様とお兄様がライケルヴィン殿下の処刑の報せを聞いて異様に落ち込んでいたのはそれでか……」
マリーナは私の話を聞いて、そんな感想を漏らした。彼女は派閥争いの情報は一切知らなかったらしい。
「ありがとう。あと、ごめんね。クリスが命がけで私を守ろうとしてくれたのに、背骨を折ろうとしちゃって」
「いや、怒るのは無理ないから。でも、背骨を折ろうとしたのは、さすがに冗談だよね?」
「えっ、そっそうだね。じょっ、冗談だよ」
マリーナは目を逸らす。ぶっ無事で良かった。私の背骨……。
でも、良かった。マリーナとこうして話が出来て……。
だけど、私はもう一つ彼女に言わなきゃならないことがあった。
「マリーナ、あのね……」
私が口を開くのと同時に彼女も口を開いた。
「クリス――あんた、もしかして、家を出るの?」
「……っ」
彼女は私の言おうとしたことを先回りして正解を言い当てた。
私の親友はこういう勘がとても鋭い。
「うん。この機会に公爵令嬢の『クリスティーナ=ハウルメルク』としての人生を止めてみたくなったんだ。広い世界で自由に生きてみたい。私を縛っていた鎖がなくなったから――」
「鎖ってなにそれ? 相変わらず、ときどきあんたは変なこと言うわね。でも、良いんじゃない。前々からあんたって、貴族のお嬢様なんて似合ってないと思ってたし」
「そうだよねー。ホント、似合わないよね。やたら、男に言い寄られるし」
「ちょっと、私だってお嬢様なのに、顔が良くて、お金持ちで、背の高い、男の人に言い寄られたことないんだけどー」
「えっと、マリーナはそのうちいい人が来るよ」
「こら、出ていくからって無責任なこと言うなよ。もし出会いがなかったら、私の婿になってもらうからね!」
「あー、それ、いいかも」
他愛のない話が心地よい。マリーナは最高の友達だ。ありがとう、私の、いや、あたしの親友でいてくれて。
さて、次はお父様を説得か。まぁ、大丈夫だろう。ちょっと怖いけど……。
フィーネにも怒られるだろう。お姉様は何を考えているのかと……。
でも、前世では婚約破棄イコール人生の終点だった。
今世で生き残ってしまった私は、なぜか今さらなんだけど、強烈に外の世界に出たいと思ってしまったんだ。
だから、私は89回の全ての人生の中で最大の我儘を通そうと思っている。
何を言われようとも――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして、さらに2ヶ月の時が過ぎ去った。
ここは、とても暑い。そして、賑やかだ――。
「これ、2番テーブルに運んで!」
「サラマンダーのフィレステーキまだぁ?」
「シェフを呼んでくれたまえ」
「あら、支配人、いつ見ても凛々しいわねぇ」
「どうも、いらっしゃいませ。奥様こそ今日も素敵ですね」
「まぁ、お上手ねぇ」
「支配人さん、相変わらず女性にモテるねぇ」
「ははっ、伯爵殿には敵いませんよ」
「またまたぁ、口が上手いんだから――」
そう、私はいま、ジプティア王国で1番大きなレストランに居る。
レストランの支配人、ルシア=ノーティスとして――。
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