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03 撃退
「ぼ、ボス! 大丈夫ですかい!」
髭面の子分が駆け寄る。あたしの拳は鼻をちょうど潰す感じに当たったから、髭面は鼻血を大量に噴き出していた。あー、あれ折れてるだろうなー。
「お嬢さん、あたし……じゃなかった――オレの後ろに隠れてな」
「えっ? は、はい」
黒髪の可愛い子ちゃんを、あたしの後ろに隠すように動かす。
怖いだろうけど、すぐに終わらせるからね……。
「このクソガキがぁぁぁっ! ズタズタにしてやる! オレ様はこの町で最強なんだぞ!」
「最強って……冗談は顔だけにしときな。今度はその汚い顔の中に、貴様の低い鼻を埋め込んでやる!」
激怒する髭面をあたしは挑発する。理性が吹き飛んだ相手ほど戦いやすい人間はいない。
怒るってことは、勝負を放棄するのと同義なのだ。
「おいっ、野郎ども! 囲め! 奴は女を庇っているからな。一斉に飛びかかって捕まえてやる!」
髭面の指示により、あたしは周りを子分たちに囲まれた。
へぇ、怒ってるくせに多少は頭を使うんだ。確かにこうされるとほんのちょっぴり面倒だな。
「よし。せーのでかかるぞ!」
「「せーの!」」
髭面たちがこちらに宣言どおり飛びかかって来た。
こうなったら、魔法を使うか? これ以上騒ぎにしたくないけれど……。
そんなことを思っていたら、目の前で子分が3人くらい明後日の方向に吹き飛ばされた。
あれま。ここに来て助っ人か……。
「銀髪くん、助太刀するぜ!」
知らない青髪の半裸の剣士が子分たちに容赦のない蹴りを食らわせていた。
動きを見るに、中々の使い手のようだ。なんだ。骨のある奴がいるじゃないか。
「喧嘩騒ぎに惹かれて来てみりゃあ、あのタイガーファミリーの親分が殴り飛ばされていたから驚いたぜ。あんた、強いじゃねーか! スッとしたぜ!」
半裸の青髪男がニコニコしながら、あたしの背中をバシバシ叩いた。
くっ、男が気安く触ってくるな……。凄く不快なんだけど……。
「にゃはは! こっからは俺も混ざるぜ。銀髪くんも気張れよ!」
「うるさいな。誰も助っ人なんて頼んでないだろう」
あたしは恩着せがましく仕切ってくるこの男にイライラしながら、再び拳を構え直した。
囲まれても、あたし一人でもやれたし。馴れ馴れしいこいつのこと、何か嫌だな。
「けっ、まだこっちが人数が多いんだ。今度こそ、ぶっ殺す!」
タイガーファミリーとやらが、総攻撃を仕掛ける。
しかし……彼らに善戦なんて時間はやって来なかった。だって、弱いんだもん。こいつら……。
「げはっ」
「ぶえっ」
「のほっ」
「けらっひゃっ」
子分たちは一瞬で倒され気絶する。
うん。金魚のフンっていうのは、この連中のことを言うのだろうな。
「テメェだけは許せねぇ!」
激高した髭面は血走った目をギラつかせながら、掴みかかろうとした。
バカな男だ。がら空きだって――急所がね……。
あたしは正確に髭面の睾丸目掛けて……思いきり足を蹴り上げた。
「はぅっ……!」
髭面は顔を歪めて、内股になり……口から泡を吹きながら地面に伏した。
馬鹿な男だ。ちっとも用心していないからこうなる。
馬鹿力に任せて戦ったことしかないんだろう。
「オメー、容赦ねぇな。男だったら、割とそこを攻撃するのって躊躇わねぇか?」
「えっ? ああ、そうなの? でも、コイツは女の子を奴隷市場に売り飛ばそうとするようなクズだし……」
あたしは一瞬だけドキッとして、言い訳をする。そっか、よくわからないけど……男ってそういうところがあるんだ。
「あ、あのう……助けてくださって、ありがとうございます。わたくしの名前はメリルリア=バーミリオン。あ、貴方のお名前を教えてくださいまし」
黒髪の女の子はメリルリアと名乗った。
バーミリオン家って、あの……王族でも一目置いている金持ち貴族のバーミリオン伯爵のところじゃないか。
そりゃあ……15000レグルなんて、はした金だよな。
やれやれ、大変な家の令嬢と関わってしまったな。面倒なことにならなきゃ良いけど。
「あのう、お名前を……」
メリルリアは上目づかいであたしを見た。あー、こりゃあ、男は即落ちだ。
あたしにはわかる。こういう、女の子に婚約者を取られる被害には世界一遭っていると言っても過言ではないから。これほどの子だったら、あたしの歴代婚約者たちは乗り換え率100パーセントだろうなー。
「お、オレの名前かい? オレはルシア。ルシア=ノーティス……流浪の冒険者だ……」
あたしはとっさに前世で一度だけ会ったことのある……銀髪の冒険者を思い出して、その名前を名乗る。本名を名乗るわけにはいかないしね。
「ルシア様、ルシア様ですね。素敵でカッコいいお名前ですわ。是非とも……わたくしの屋敷にお招きして、お礼を――」
メリルリアは祈るような目付きで、顔を赤らめながらあたしに懇願した。
お礼ときたか。そりゃ、怖い思いから救われてそう言い出す気持ちも分かるけど……。
「いや、お礼が目当てで助けた訳じゃないんでね。悪いがオレはこれで失礼するよ」
冗談じゃない。貴族の家に関わって、万が一にもあたしの男装がバレたら目も当てられない。ここは悪いけど断ってしまおう。
「はぁ? オメー、ノリが悪いねぇ。俺ぁ、ケビン。冒険者だ。メリルちゃん、俺ならフリーだぜ」
ケビンと名乗った青髪は、自分を指さしてメリルリアを口説こうとした。
これだから男は……。本当に下半身でしか生きてないというか、何というか……。
「貴方は誘ってませんの。ルシア様にお話中ですわ」
メリルリアは可愛らしくプイとそっぽを向いた。はぁ、逃げるが勝ちだな。憲兵隊もそろそろ来るだろうし。
「ごめん。オレ、急いでるからさ。そろそろ、行くわ――」
あたしは焦っている演技をして、全力でこの場を離れた。
危ない、危ない。これ以上目立ったらボロが出るかもしれないもん。逃げるが勝ちだ。
そして、アップルパイを買い忘れたことに気付いたのは、自分の部屋に入り込んだ後のことだった――。あーあ、今日はツイてない……。
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