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29 メモリー
久しぶりに前世の夢を見た――。
あの日の出会いを私は何年経っても忘れない。今のこの姿も彼への憧れが強かったのだから――。
それは、今から400年以上前の話。私はジプリーナ王国の伯爵家の長女として暮らしていた。
名前は、確か――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アーシャ様、そろそろ散歩もこの辺にいたしましょう。最近、物騒な噂を聞きます。暗くなる前に戻りませんと、旦那様も心配されるでしょう」
執事のクラウドが私に声をかけた。私はまだ10歳にも満たない年齢なので、大人の言うことには素直に従う他ない。
商店が立ち並ぶ通りで、珍しい石をながめていたのだが、クラウドに手を引かれるままに歩き出した。
「ガルルルガァッ!」
と、その時である。前世を含めても見たことのないくらいの大きさの竜が目の前の店を踏み潰しながら着陸してきた。
ヨダレを撒き散らしながら、辺りの人間を物色するように血走った目を動かすその竜は山のように大きく、そして空腹だった。
「おっ、お嬢様、お逃げください」
クラウドは私を庇うように立ち塞がり、竜と対峙する。私はあまりの恐怖に腰を抜かして動けなかった。
「ガルガァァァ!」
竜は大きな口を開けて、鋭い牙を剥き出しにして私とクラウドに襲いかかってきた。
私は目を瞑って死を覚悟した。婚約破棄される前に死ぬのは初めてとか思っていた。
しかし、いくら待っても竜の牙が私たちに届くことはなかった。
「あーあ、ここのアップルパイは格別に美味しかったのに、残念だな」
低いハスキーな声があたしの耳に届いた。
恐る恐る、目を開けると白銀の鎧を身に着けた銀髪の剣士が片手で竜の顎を掴んでいる。
竜は怒っていたが、その場から動けないようだった。
剣士はかなり長身で体格は良かったが、それにしても竜の大きさは5倍はある。それを片手で受け止めるなんて信じられない。
「最近、この辺りを荒らしている巨竜、ダークドラゴンはお前だろう。餌が足りなくなって町まで襲うようになったか。それとも、人間の味を覚えたか……」
そう言い終わると、銀髪の剣士は空中にボールを投げるように、竜を放り投げた。
そして――。剣士は剣を抜いて信じられないほどの跳躍をして宙を舞った。
「神焔一閃」
真っ赤に輝く剣が振り下ろされたとき、竜は一刀両断され、またたく間に紅炎に包まれて灰になってしまった。
私は唖然としてその光景を見ていた。腰を抜かして立てなかったので、その場から動くことが出来なかった。
クラウドも尻もちをついて、震えていた。無理もない。
「大丈夫かい? お嬢さん」
銀髪の剣士は私に手を差し伸べながら声をかける。琥珀色の瞳は慈愛に満ちていて、美しかった。
「う、うん。ありがとうございます」
私は手を握りながら、お礼の言葉を述べる。
多分、顔は真っ赤になっていたと思う。剣士の顔がビックリするほどの美形だったからだ。
一種の芸術とすら思うほどの造形に私はボーッと見惚れてしまった。
「ちゃんとお礼が言えるなんて偉いじゃないか。君は良い子だね」
くしゃくしゃと頭を撫でられて、私の心はもう奪われてしまったと思う。
「さすがはルシア=ノーティス。また、女の子の心を誑かしているのねぇ。あなたの被害に遭ってる娘が何人いることやら、罪な人……。妾、最近ちょっと引いてるわぁ」
ツインテールの金髪のスタイルの良い若い女性が銀髪の剣士に話しかける。とてもきれいな人で剣士と親しそうに話していた。二人は恋人同士なのだろうか?
彼女の言葉から銀髪の剣士はルシア=ノーティスという名前だということがわかった。
私はこの名前を忘れることはなかった。
そして、これほど、一瞬で人に惹かれることもなかっただろう。
「誑かしてないですって。またってなんですか? 人のことを女たらしみたいに呼ぶのをやめてください」
ルシアは金髪の女性に反論した。ああ、この人は自分の魅力に気づいてないのだろう。
多分、何人もの女性の心を奪ってきたのだと容易に想像できた。
たった一度、それも数分の出来事でここまで印象に残るのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そうだ、アーシャだったな。忘れてた。『ルシア』は凄かったなー。その時の憧れに似せようとする私って一体……。まっいいか、彼のことを知っている人間なんて居ないんだし」
数百年前なのに鮮明に思い出せるほどの記憶。私は特別気分が良くなったので、今日の夢に感謝した。
「さて、今日はフィーナ様がいらっしゃる。最高のおもてなしが出来るように頑張ろう!」
私は身なりを出来るだけ整えて、仕事場へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「フィーナ様がいらっしゃいました!」
フィーナの乗った馬車の到着をリーナが私に教えてくれた。いよいよ伝説の魔法使いと会うことができる。
どんな方だろう。勝手な想像だけど、長い白髪の小柄な老人かな?
そして、扉が開いた――。
「えっ、あの人って――」
私はつい、言葉が漏れてしまった。
それもそのはず、フィーナの姿はどう見ても18歳前後の女性だったからだ。
本当にこの見た目で500歳以上なの? 私とそんなに変わらない年齢のような……。
それだけじゃない。金髪のツインテールの彼女の顔には見覚えがあった。だって今日の夢に出てきた女性そのものだったから。
「いつも思うけど、妾の顔を見て呆然とする人って多いわねぇ」
フィーナは指を唇に当てながら、首を傾げた。
「フィーナ様がお若く見えるからだと存じます」
扉を開けたリーナはフィーナの疑問に即答した。
「あらぁ、そぉ? よく言われるのよぉ。特別なことは何一つやってないのだけどぉ」
「「絶対に嘘だ!」」
魔導教授、フィーナは妖艶な笑みを浮かべながらそう答えると、従業員一同は心の中で同じセリフを吐露した。
私だけ、見た目の若さとは別の理由でも驚いていた。
この人は本物の『ルシア』を知っているのかもしれない。
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