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「なっなんで……」
私は驚いてそれ以上の声が出なかった。
かつて、私は“アーシャ”という名前でこの国で生まれ育ったという前世があるが、見た目も全然違うし、何よりフィーナとは一度しか会ったことはない。
「さっきから言っているでしょう、妾は何でも知っているのよぉ」
――何でも知っている。
それが言葉通りの意味だということを、有無を言わせずに信じさせるような説得力があった。
「あはは、噂通り凄いのですね。フィーナ様は――。まさか、私の前世までご存知だと思いませんでした……。でも一体どうして?」
もはや、笑うしかなかった。常識など通じない魔法使いが目の前にいる。
私は一切誤魔化さないことに決めた。
「別にぃ、大したことじゃないわぁ。あの日、あなたをルシアが助けたでしょぉ。その時、妾はあなたから大きな因果の気配を感じたのよぉ。独特で歪な魂の形をしてたから印象的だったわぁ」
フィーナはあの時、既に私が何度も転生を繰り返していることに気が付いていたらしい。
「それでも、覚えて下さっているなんてビックリしました。私には忘れられない日でしたが、それこそ何度人生をやり直しても……」
あの日の出来事は、ルシアに会った日のことは忘れられない。
彼という男性を知ったから、私の婚約にかける想いが一時的に強まった。
諦めることが遅れてしまったのだ……。
「だから真似ているのぉ? あの人の名前まで騙って……。やっぱり、罪な人よねぇ、あの人は……」
フィーナは呆れた顔をしていた。
確かに憧れているからって、見た目を真似たり、名前まで使うのは異常かもしれない。
「私、前世で88回婚約破棄されているのです。今回もアウレイナス殿下と婚約破棄しているから89回も……。それで、男性っていうものがちょっと苦手になってしまって……。ルシアさんは、私の理想というか、憧れの男性というか……。だから、それを忘れたくないからでしょうか? 気付いたら、真似るようになってました」
私はぽつりぽつりと理由を話した。そうだ、私は『ルシア=ノーティス』を理想の男性として無意識に忘れないようにしていたんだ。
男性不信になっていながら、それに抗おうとする自分も居たのだ。
「――はぁ、89回の婚約破棄って何の冗談かしらぁ? 久しぶりに驚いちゃったわよ。というか、坊やと婚約破棄したのに付き合いはあるのねぇ。最近の若い子は理解出来ないわぁ」
フィーナはため息をついていた。やった、婚約破棄の回数で何でも知っていると自負する伝説の魔法使いを驚かせたぞ。
まぁ、誰にも誇れないけど……。
「いやぁ、殿下とは婚約したと言っても1時間くらいでしたし、これはノーカンというか、何というか……。話せば長くなるのですが――」
私は簡単にクリスティーナとしての人生を歩みアウレイナスとの婚約破棄に至る過程を話した。
アウレイナスとの婚約破棄は私の中では特殊なパターンだ。
クリスティーナとしての人生は終わったけど、新しい生活を死なずに始めることが出来たのだから。
「――『クリスティーナ=ハウルメルク』の名前を捨てて、『ルシア=ノーティス』として生きるねぇ。まぁ、あなたの人生だから好きにすれば良いんだけどぉ。うーん……」
フィーナは釈然としない感じだった。やはり、ルシアと親密そうだったし、それを穢すような真似をする私が気に食わないのだろうか?
「あのう、フィーナ様は、ルシアさんと恋人同士だったのでしょうか? だから、私のことをよく思われていらっしゃらないのでは?」
恐る恐る、質問をしてみる。場合によっては改名なり、見た目を別物にする覚悟だ。
「えっ? 恋人同士? 妾とルシアが? クスッ、やめなさいよぉ。なんで、妾があの子とそんな関係になっちゃうのぉ? あり得ないわぁ」
あり得ない……。フィーナの返答に少なからず私は驚いた。
あんなに親密そうに見えたのに……。お似合いだとすら思ったのに……。
「あり得ないですか? でも、あんなに魅力的な男性っていないと思いますし、今の話だと恋愛対象にもならないって意味に聞こえるのですが……」
「ならないわねぇ。少なくとも妾は彼女を恋人にしたいなんて1秒も思ったことはないわぁ」
即答だった。それほどまで……。
ん? 待てよ、今、聞き捨てならないような単語があったような。
「あの、フィーナ様、今、彼女を恋人に……って仰いましたか?」
あれっ? 私の聞き間違いかなー?
「えぇ、言ったわよぉ。だってぇ、ルシアはれっきとした女だもん」
フィーナは当然といった表情で衝撃的な事実を私に告げた。
「ええーっ、そっそんなぁ! うっ嘘でしょ!」
えっ、『ルシア=ノーティス』って女性だったの?
じゃあ、私が理想の男性だと何百年も想っていたヒトは実は女性で……。
あはは、そりゃあ、長い年月探してもあんな人見つからないはずだよ……。
私って、なんて馬鹿なんだろう……。
私は放心してしまった。
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