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33 アクション
「はい、これは8番テーブルね!」
「ミニビッグドラゴンの串焼き5つ!」
「ちょっと、まだかかるの?」
「すみません。順番にお持ちしておりますので……」
「あっ、支配人、いいところに来たねー」
「これは、どうもクェルトン男爵ではないですか。私に何かご用でしょうか?」
「いやね、ウチの娘の結婚相手を探してるんだけどさ、君どうかな? ウチは平民でも気にしないし、バーミリオン家に店を任されてる君だったら娘を任せられるし……」
「生憎ですが、ルシア様には先客がいますので……」
「ちょっと、メリルお嬢様……」
「あー、そういうことかぁ。これは、失礼したねぇ」
レストランは大忙し、その上、私は貴族の身分を捨てて平民になったにも関らず、よく貴族のお客様から縁談を持ちかけられる。
しかも、相手は女性ばかりなんだけど……。
フィーナの言っていることは正しかったのかぁ。
最近ではメリルリアが目を光らせてさっきみたいに鉄壁のガードを敷いている。
うーん、ありがたいんだけど、リーナと出かけるだけで不機嫌になるのは勘弁していただきたい。
「ルシア様、今日も大盛況ですわね」
「ああ、フィーナ様のおかげでね。やっぱり、『魔導保温庫』も便利だけど、それ以上にフィーナ様の行きつけっていう宣伝効果が凄いよ。この国では特にね……」
「そうですわね。フィーナ様には感謝致しませんと」
「うん、お礼は何度か言っているよ。でも、そろそろ忙しすぎるから、人手を増やしたいなぁ」
「今度、わたくしがお父様に相談してみますわ。――あら、あちらの方って『トーマス=レッドウッド』様ではないですか?」
メリルリアは雑談の途中に奥のテーブルに目をやった。
「へっ? 『トーマス=レッドウッド』って、あの『劇団フォレスト』の演出家の?」
「はい。前にお父様が食事会を開いたときにご挨拶したことがありますので、顔は覚えておりますの」
『劇団フォレスト』は世界で最も有名な劇団の1つである。
トーマス=レッドウッドは若い頃から鬼才として知られ、演出家としては間違いなく世界でも3本の指の入るほどの人だろう。
前に家族で見に行った舞台はあまりにも見事で心に残っている。
残念ながら私は彼と面識はないが、『劇団フォレスト』が世界で有数の劇団と数えられるようになったのは彼の功績が大きいことぐらいは知っている。
「どこに居るのか正確に教えてくれるかい? 支配人として挨拶に行かなきゃ」
「えーっと、あの10皿くらい食べている白髪の青年の1つ奥です」
テーブルに積み重ねられた大量の皿の前――白髪の青年は確かにいた。そして彼は立ち上がっていた。
「あー、あの今、席を立って走って店を出ようとしてる青年の奥かぁ」
「そうですわ。でも――よろしいんですの。あの方、食い逃げされてらっしゃいますわよ」
メリルリアの指摘に私はピクッと反応する。白髪の青年は猛スピードで走って店を出てていくところだった。
「へっ? 食い逃げ? それは、よろしく――ないよ! ケビンっ! 食い逃げだ! あの白髪の男を捕まえてくれ!」
私は出入口付近にちょうど立っていたケビンに声をかけた。
「はっ? 食い逃げだと? 任せろ! 俺の天眼からは逃げられねぇぜっ!」
ケビンは威勢よく店を飛び出した。
天眼がこの場合、何の役に立つかわからないが、彼に任せよう。
数分後、ケビンは白髪の青年を捕まえて帰ってきた。
「ほい、とりあえず捕まえてきたぞ。どうすんだ? 憲兵隊に引き渡すか?」
ケビンは私にそう尋ねた。そうだな、まぁ、あれだけガツガツ食っておいて食い逃げって悪質だし、それが妥当だろう。
「あのう、お金なら払います。これには深い理由が……」
食い逃げ犯の白髪の青年は、赤い目を潤ませながら頭を下げてきた。
いや、泥棒して捕まったら金払うで許されるなんてことないからね。
「どんな理由があっても、食い逃げは立派な犯罪だ。許されることじゃないよ」
「そっ、そうですか……。立派って言われるとなんか照れますね……」
白髪の青年は頬を赤らめて呑気そうな声を出した。この人は馬鹿なのかな?
「こいつ、全然反省してねぇな。時間が勿体ないから、とっとと済ませちまおうぜ」
珍しくケビンと意見が合った私は、手の空いてる者に憲兵隊を呼んでくるように頼もうとした。
「ちょっと待ってくれたまえ! この男は僕の連れなんだ。紛らわしいマネをしてすまない」
メガネをかけた黒い長髪の壮年の男性がこちらに歩いてきた。
えっ、食い逃げ犯がお連れ様ってどういうこと?
「トーマス=レッドウッド様!?」
メリルリアが驚いた声を出した。えっ? さっき話に出ていた演出家の先生だよね?
ますます意味がわからない……。
「先生! まだ掴めませんでした! 申し訳ありません!」
「レオルくん、君は相変わらずバカなことを……。確かに君の役は食い逃げをするが、本当にやってみる役者がどこにいる?」
「先生! ここにいます!」
「馬鹿者!」
トーマスは白髪の青年をレオルと呼び、ゲンコツをした。かなり腹を立てているようだ。
「申し訳ない。レオルくんは、そのう、役作りのためには何でもするタイプの人間なんだ。とても才能のある役者で、天才と言ってもいい。だから僕の舞台には欠かせない人材なのだが……、困ったことに、如何せん……、馬鹿でねぇ」
うん、それは見たらわかる。トーマスは申し訳なさそうに私に頭を下げた。
とりあえず、トーマス=レッドウッドが来てくれたんだ、挨拶はしておこう。
「申し遅れました。私はルシア=ノーティスと申します。ここの支配人でして、レッドウッド様のような高名な方に来ていただけて光栄です。そちらの方はレッドウッド様のお連れ様ならば、私は何も申し上げません。ご安心を……」
私は頭を下げて挨拶した。やれやれ、食い逃げ騒動はなんとか収まりそうだ。
「これはこれは、ご丁寧に。いやぁ、すまない。来月、ジプリーナ王立劇場で公演があるんだ。見に来てくれると嬉しいよ」
トーマスは手を差し出したので、私は彼の手を握った。
ふぅ、何事もなくて良かったー。
「先生! ボク、この店でしばらく働いても良いですか? このレストランでなら、掴めるかもしれないんです! あの役を演じるために、ここで修行させてください!」
唐突にレオルはここで働きたいと言い出した。
えっ? 食い逃げするフリをした後に、何が目的でそんなことを言っているのか、全然わからないのだけど……。
私は展開について行けずに困惑していた。
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