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04 想い
それにしても、まさかバーミリオン家と関わるなんて思いもしなかったな。
あたしは早着替えの特技を誰にも見られることなくやってのけた。
うーん。マジックとしても通用するレベルだ。我ながら素晴らしい。
ふふっ、普通は手伝ってもらわなきゃ長時間かかる着替えも、あたしは前世で演劇を長くやっていた経験があるから普通の何倍も早いのだ。
天才子役としてデビューして、女優として結構ファンを抱えていたりしていたんだけどね。そのファンだった伯爵と婚約して、裏切られて死んだんだけど……。
一人、三役の舞台だってこなした時は拍手が鳴り止まなかったなー。懐かしい……。
そんなことを思いつつ、一週間後にアウレイナス殿下と対面しなくてはならない憂鬱さに、頭を悩ませる。
はぁ、どうにかして殿下には婚約したくないって思わせないとな。
だって結局、婚約したところで……今日会ったメリルリアみたいな娘を見たら絶対にあたしなんて捨てられる運命だし。裏切られるなら、信じないほうが余程良い。
思い出すのは、婚約したときにかけられた甘く優しい言葉。
“必ず幸せにする”、“僕が命より大事なのは君だよ”、“貴女だけを一生愛する”などなど、全部嘘だった――。
愛されたくて、ずっと一緒に居たいと思えば想うほど、脆く壊れるあたしの願い。
もう二度と、裏切られるのは御免だ――。
だからもう……あたしは男を愛さない。
求めなければ、失うことは絶対にないから……。
憂鬱なことを考えれば、考えるほど気分は落ち込んでくる。気が滅入りそうになったあたしの耳を刺激したのは、ドアを叩く軽いノックの音だった。
「お姉様、クリスお姉様……。まだ、寝ていらっしゃるの? 入ってよろしいかしら?」
妹のフィーネがあたしの部屋の前に居るみたいだ。
何か用事かな? いや、フィーネのことだから大した話じゃなさそうだ。
「起きてるよ。勝手に入ってくればー」
あたしの返事と同時にドアは開かれる。
長い金髪をなびかせて、あたしとほとんど瓜二つの年子の妹、フィーネが部屋に入ってきた。
なんかニヤニヤしているし。何でそんなに笑顔なんだ……。
「お姉様、ようやく観念してくれたのですねー。お父様から聞きましたよ、なんとあの、アウレイナス殿下から求婚されていて、今度お会いになると……」
フィーネが目を輝かせて、まるでゴシップネタでも聞きつけたような態度だった。黙っているとそこそこの美人なんだから勿体無い。
超恋愛体質で、恋に恋する女の子を地で行く我が妹はこの手の話題が大好物なのである。いわゆる恋愛脳ってやつだ。
「アウレイナス殿下って、顔はイケてるでしょ、それに、学生時代の成績もトップで聡明ですし……何よりお優しいと聞いております。その上、王族という家柄も考慮しますと、私の中でのランクは文句なしのSランクです。はぁ……私の義兄となる方がこんなにハイスペックだなんて、お姉様の妹で良かったと初めて思えそう……」
フィーネは恍惚とした表情で訳の分からないことを喋ってた。
Sランクって、なんだよ。というか、妹で良かったと思ったこと一度もないのか。ちょっとだけショックだぞ。
「そりゃあ、お姉様が行き遅れるイコール妹たる私が結婚出来ないを示していますからね。これで、私も夢のような恋をして結ばれることが出来ます」
フィーネは自分が順番を守っているみたいな言い方をする。
まったく、私が何も知らんと思っているのか……。
「なんだか、あたしのせいで結婚できないみたいな言い草だな。こっちなんて無視して、積極的に縁談に乗っかっても全部駄目になっていることくらい知ってるんだぞ」
そう、我が妹はガツガツしている。そして、結婚生活への理想がバカみたいに高い。
だから、未だに婚約まで至っていない。あたしとは真逆の理由で……。
ハウルメルク家の姉妹は影で縁談クラッシャーと揶揄されている所以である。
「ううっ……お姉様も言うじゃないですか。ふーん、良いんですよ〜〜。お姉様が殿下と結婚されたら、その人脈をフル活用して私も最高の殿方を捕まえるのですから。だから、お姉様――」
フィーネの声が急に低くなる。すごく怖いんですけど……。
「絶対に変なことをして纏まらなかったなんてことないようにしてください」
ゾクリと背筋が凍りつく程の威圧的な声……。
可愛かった妹が、拗らせた結果……恋愛モンスターになってしまった。
あれ? これは殿下との縁談を上手く断っても地獄なんじゃないの――。
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