42 魂の行方

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42 魂の行方

「クリスティーナ、君の本質が理解できたかな?」 「くっ、何だったんだ? 今のは……」  気付けば私の目の前に白髪の少年、ハデスが浮かんでいた。  そうだった、私は黒ローブの集団に捕まり、知らない場所に連れてこられて……。 「そうそう、あの後、アーノルドとやらの魂を喰ってやった。不味かったがな。そして、マルスとルナの魂だが……」  ハデスは思い出すように語りだす。  そうか、二人は私の無念を晴らすために、自分の魂を彼に差し出したのか……。  冥府の神が死者の魂を喰らうという話は聞いたことがある。先程の不思議な力から察するに、この少年は本当に神なのだろう。 「マルス、ルナ……。私なんかのために……」 「()()()()ではないさ。君は最初から愛されていたんだ。何もしなくてもね」 「愛されていただと? 私のために死ぬことが愛するってことなのか? そんな、理由で死ぬんだったら、愛されないほうが……」  私は最悪の気分だった。  婚約者に裏切られ、自らの命を断つことは数知れなかったが、自分が原因で命を捨てた者がいるという事実には耐えられなかった。 「人は死ぬ。あっさりと儚く……。愛は人間を狂わせるんだよ。それは、君自身が一番よく知っているんじゃないかな? 愛されないほうが良かっただって? 88回もそのために努力したのではないのか?」 「……っ」  ハデスは淡々とした口調だった。しかし、私は反論できなかった。 「僕は神だからね。死なないんだ。君をずっと愛してあげるよ。君は美しい魂を育ててくれた。一生を終えるその日まで、永遠に君を愛そう」    淡々とした口調から一転して、優しく諭すように彼は声をかける。    よくわからないが、ハデスは私の魂を気に入っているらしい。 「あなたはマルスとルナの魂を、理由があったとはいえ喰らった。それを、私が受け入れられるはずがないだろう」  私には許せなかった。ハデスにとっては食事にすぎないかもしれないが、それでも到底納得出来なかった。 「ああ、あの二人の魂はねぇ、まだ食べてないんだ……。もっと濃い味になるように、今は寝かせている――。この世界の人間の体に埋め込ませてね。君の魂を見つけたとき、ついでに見つけておいたよ、彼らの魂を……」  ハデスは楽しそうな声を上げて両手を広げる。  魂を寝かせる? 意味が分からない。何が言いたいんだ? 「ライケルヴィン=アーツエルヌ、メリルリア=バーミリオンの魂が()()だよ。すっかり忘れていたけど、食べ頃になっていた。僕って忘れっぽいからね、君のおかげで思い出せてよかったよ」   「ケビンとメリルの魂だって? 何を言っている? あいつらは関係ないだろ!」  私はハデスの胸倉を掴んだ。神だろうが、関係ない! 私の友人を傷つけるのなら――。 「そこまでです!」 「ハデス様に手出しは許さん!」  黒ローブたちが私の腕を掴んだ。  くっ、離せっ! 騎士団で鍛えた私が簡単に取り押さえられるなんて……。 「無駄だよ。彼らは天界の元守護天使だ。たかが人間の力で抵抗など出来ない」 「ちっ、ケビンとメリルをどうするつもりだ!」 「どうするって、契約遂行の駄賃を貰うのさ。魂というのは巡り巡っているからね。君みたいに転生前の人生を覚えている存在は稀有だけど、彼らにもちゃんと前世があるのさ」 「それが、マルスとルナだって言うのか? 馬鹿な! そんな偶然って……」  私はハデスの荒唐無稽な話が信じられなかった。前世で私のことを気にかけてくれた二人が、今世でこんなにも深く関わるなんて、そんな奇跡みたいなこと……。 「奇跡みたいなことじゃないよ。必然的な事象だ。89回目のクリスティーナとしての器は、最初のクリスティーナの器と酷似している。そこに同じ魂が定着したんだ。前世の記憶を無くしても魂は引き寄せられる。君の魂の輝きは最高潮に強まっていたしね。神の視点から見れば、それは当然の事柄なんだよ」  抑揚のない口調に戻ったハデスは断固としてケビンたちの魂がマルスとルナのモノだったと主張する。 「だからと言って、覚えてもない約束を履行するなんて、あまりにも人でなしじゃないか」 「そりゃあ、“()でなし”だよ。我は()だからね」 「このっ! くっ、離せっ!」  私は怒りに打ち震えながら、足をバタバタさせた。  ハデスにケビンとメリルの魂を取られてなるものか! 「そこで、クリスティーナ。君に質問なのだけど、二人の魂に手を出さないであげようか?」 「はぁ?」  突然の提案に私は素っ頓狂な声を出した。 「君が我と共にいることを誓えば、ライケルヴィンとメリルリアの魂の回収は取りやめにしてもいい。――我のモノとなれ、クリスティーナ」  ハデスは私と引き換えにケビンとメリルリアを救うという選択肢を与えた。 「君の魂は神の我から見ても美しい。ゆっくりと愛でて、君が息を引き取ったあとに極上の味が楽しめると考えると尚更だ……。無理やり君を側に置くのは簡単だが、出来れば、君の意思で我と共に時を過ごす選択をしてほしい。そのほうが魂も濁らないだろう」  私の意思って、そんなの卑怯じゃないか。自分の自由と、二人の命……、天秤にかけるまでもないな……。 「もう一度言うぞ。我のモノとなれ、クリスティーナ」  少年のような見た目からは信じられないくらいの威厳のある強い口調で、ハデスは再び私に求婚した。  そして、私は――ゆっくりと首を縦に振った。
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