43 消えたクリスティーナ

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43 消えたクリスティーナ

 一方その頃、支配人であるルシア(クリスティーナ)が忽然と姿を消した【シルバーキッチン】はオーナーの娘であるメリルリアの一存により店を閉めていた。 「どういうことだよっ! あの、ルシアちゃんが攫われたって……」  ケビンは珍しく動揺してメリルリアに詰め寄った。  いつも飄々としている彼も大恩のあるクリスティーナの身に何か起こったとなると話が変わってくる。 「わたくしにも分かりませんわ……。ただ、黒色のローブの集団が神の妻に選ばれただとか、意味不明なことを言っておりましたの」  メリルリアも焦燥しきっていた。  自らがもっとも慕っている大切な人を目の前で理不尽に攫われたのだから当然だろう。 「神だってぇ? そりゃあ、ちょっと頭のおかしい集団だろう。だが、消えたっつーのは、本当みてぇだな。俺の天眼でもルシアちゃんの足跡が辿れねぇ……。フィーナ様みてぇなテレポートを使えるヤツなんざ、そんなに居ねぇはずなんだがな」  ケビンの天眼は短時間であれば、気配の追跡が出来る。  暗殺犯や食い逃げ犯を逃さなかった理由はこのスキルにあった。  しかし、今回はクリスティーナの気配を辿ることが出来なかった。その理由をテレポートによる移動だと彼は結論づけたのだ。 「後半は正解だけどぉ。前半は不正解ねぇ。ルシアを攫ったのわぁ、確かに神の手によるものよぉ」  間延びした女性の声――フィーナが突然、ケビンとメリルリアの前に現れた。 「「フィーナ様!?」」  ケビンとメリルリアは揃って声を出したが、神出鬼没のフィーナの登場に安堵する。  なんせ、彼女は500年以上生きた規格外の魔女。何でもありの魔法使いの彼女ならクリスティーナを探し出すなど造作のないことだと思われたからだ。 「ちょっと前にぃ、ここに【守護天使】の気配を感じたのよぉ。そしたらぁ、ルシアの気配が消えたから、慌てて来たの。【守護天使】を使役できる存在なんて神しかいないじゃなぁい」  フィーナは【守護天使】という言葉を出す。  ケビンたちは知らないが、【守護天使】と創造の女神が生み出した神を守護する上位天使。  人間を遥かに超える能力を持ち、神々を守っていた天界の守護者なのだ。  【守護天使】が動いた=神の意思が動いたという単純明快な理由でルシアの誘拐は神によるものだとフィーナは断定し、ケビンたちに掻い摘んでそのことを話した。 「では、ルシア様が神の妻に選ばれたというのは……」 「間違いなく、そのままの意味でしょうねぇ。困ったわぁ。天界が地上から切り離されて、地上には神と呼ばれる存在は3人しか居なくなったけどぉ。妾すら居場所を知っているのはぁ、ひとりだけなのよねぇ」  なんと、フィーナですら神の居場所は把握しきれていないらしい。 「確率は三分の一ってわけか。でもよぉ、そいつがルシアちゃんを攫った犯人かもしれねぇだろ? 俺に居場所を教えてくれ。もし、ルシアちゃんが居たら連れ戻してやるぜ」  ケビンはフィーナに神の居場所を教えるようにせがむ。  確固たる意思が彼の黄金の瞳からは溢れていた。 「何言ってるのぉ。あなた一人であんな危険人物のところに行かせるわけないでしょぉ。それに、妾が知っている神は、おそらく犯人ではないわぁ」  確信をもってフィーナは断言する。おそらく、彼女はかなり深くその神について知っているのだろう。 「それでも、同じ神様なのでしたら、他の神様の居場所くらいは知っている可能性はありませんか? フィーナ様、ルシア様をわたくしは何としてでも取り返したいですの。力を貸して頂けないでしょうか?」  メリルリアは目に涙を溜めてフィーナに懇願した。今の彼女はクリスティーナの為ならどんな危険も厭わない、そんな強い意志をはらんでいた。 「馬鹿ねぇ。あなたほどじゃないけどぉ、ルシアは妾にとっても大事な友人よぉ。神が相手でも必ず取り返してあげるわぁ」  いつものように悪戯っぽく笑うフィーナの目は普段は見せない真剣だった。  彼女もルシアを大切に想い、助けたいと思っているのだ。 「フィーナ様……。ありがとうございます。わたくし、ルシア様の為ならどんなことでもしますわ。命を賭してでも」 「俺だってそうさ。あいつにゃ、返せねぇくらいの恩がある。何だってやってやる」  メリルリアとケビンは神を相手でも怯むつもりは一切なかった。  不退転の意志でクリスティーナ救出を誓うのだった。 「ホントは危険だから置いて行こうと思ったんだけどぉ。そんな目をされたらぁ、連れて行かないのは野暮ってものよねぇ。それじゃ、妾の手に触れなさぁい。すぐに出発するわぁ」  フィーナが差し出した右手にケビンとメリルリアが触れた瞬間、彼女らの姿はその場から消えた。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇  フィーナたちがテレポートでたどり着いた場所はいわゆる酒場のような場所だった。  丸いテーブルと椅子がいくつか疎らに設置され、カウンターの奥には酒瓶が並んでいる。  さらにカウンター越しにスキンヘッドの体格の良い男がバーテンダーのような格好で立っていた。 「あら、フィーナちゃんじゃない。久しぶりね。そちらの可愛い男の子を紹介しに来てくれたの?」  スキンヘッドのバーテンダーが野太い声でフィーナに声をかけた。  見た目と口調のギャップにケビンとメリルリアはギョッとした顔をした。 「ええ、ご無沙汰……。あいにく今日はあなたに聞きたいことがあって来たのよぉ。ケビン、メリル、紹介するわぁ、この方が破壊の神よぉ……」  なんと、このスキンヘッドのバーテンダーが神らしい。 「もぉ、フィーナちゃんったら、可愛くない紹介はやめなさいよ。あたしは美の女神エミリア、天地魔界でもっともエレガンスでファビュラスな存在なの」  破壊の神と紹介されたバーテンダーはエミリアと名乗り、ウィンクをする。  もっとも本人は美の女神だと自称しているが……。 「妾の友人があなたと同じ三神のひとりに攫われたのよぉ。自らの嫁にするために……。あなた、そんなことをする神に心当たりはないかしらぁ」  エミリアの個性的な自己紹介をスルーしてフィーナは質問する。  一刻の猶予が惜しい今は余計なことをしていられないのだ。 「へぇ、人間を嫁にねぇ。まぁ、あたしも好みの男が居たらぁ、側に置いときたいからぁ、気持ちはわかるけど。ふふ、そっちの赤髪の坊やなんてすっごく好みよ」 「げっ、俺なんてそんな大層なもんじゃねぇぜ。たははっ」  エミリアはケビンの顔を見て舌なめずりをする。ケビンはドン引きして苦笑いしていた。 「そんな、どーでも良いことより、質問に答えなさぁい」  少しだけ苛ついた口調でフィーナなエミリアに迫った。 「もぉ、久しぶりにきたんだから、冗談くらい許しなさいよ。おそらく、犯人はハデスちゃんだと思うわ。あの子、この間、あたしとのデート中に人間に心を奪われてガン見してたから。間違いないわよ」  エミリアはあっさりと犯人を言い当てた。  こうしてフィーナたちは冥府の神ハデスがクリスティーナを攫ったという事実に辿り着いたのであった。
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