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01 前世の記憶
「絶対に嫌だ!」
あたしは必死で断固拒否の姿勢を示した。
この国の王子である、アーツエルヌ王国の第二王子、アウレイナス殿下との婚約……そんなもの受け入れられてなるものかと。
理由は簡単だ。受ければあたしは“死ぬ”運命にあるからだ。
いろいろあって、あたしは婚約というものに懲りてしまった。もっと言うと男性というものに対して不信感を抱くようになってしまったのである。
失礼した、最初から話そう。あたしの名はクリスティーナ=ハウルメルク。愛称はクリスで通っている。
ハウルメルク公爵家の長女。いわゆる令嬢ってやつだ。
あたしには前世の記憶がある。それも1つや2つじゃあない。
今世を合わせて実に89回分の記憶がある。
しかも、前世である88回は全て、似たような最期を遂げている。
婚約者を近しい人間に掠め取られた上で、婚約破棄され、あたしは悪役扱いで投獄され、自殺……。
身分に多少の差はあるが、必ず貴族の娘に生まれて、このような末路である。ご丁寧なことだが、もう嫌だ。いい加減にして欲しいと思っている。
あたしだって馬鹿じゃあない。そりゃあ、88回の人生でこんなエンドを迎えないように必死で努力した。
幸せになれないのは、あたしの努力不足だからだと、本気で信じていたから……。
体型を維持するのは当然のこと、美容や勉学、運動、馬術、剣術、その果てには魔法なんてものまで努力して……必死で良い女になって婚約者を取られないように頑張ってきた。
全部、無駄だったけどね……。
悲しいかな……どんなに綺麗になっても、教養やら何やらを身につけて何でも出来るハイスペックになっても、その努力は水の泡。何故ならば、必ずよくわからない、聖女だとか、女神の化身だとか、そういうのが現れるのだ。
そして、あたしの努力をあざ笑うかのように婚約者が掠め取られる……。死の運命とともに……。
だから、89回目に生を受けたあたしは、ようやく目が覚めた。
“だったら最初から婚約なんてしなきゃいい”ってことに、ようやく気づいたのである。
さらに残念なことに、男とは“裏切る生き物”だってことにも気付いてしまった――。
――今世ではあたしは一切、結婚する気持ちはない。
それどころか、敢えて嫁の貰い手が無くなる様に努力している。
言葉遣いをこんな風に男口調にして乱暴に、そして、無駄に綺麗な金髪もざっくり切り落として常にショートカットにしている。
挙げ句、親のコネを盛大に使って騎士団にも入れてもらった(騎士団の給料はお父様が管理するという条件を出されたけど……)。
幸いかどうか分からないけど、前世のスペックを引き継いでるあたしはめちゃめちゃ強い。
今まで、あまり意識はしていなかったが、88回分の人生経験値は半端ないのだ。
騎士団長だって、あたしの剣術には敵わない。
というわけで……今世はこんなゴリラみたいな(ゴリラは見たことないけど)女に惚れる男なんて居ないから、のんびり人生を満喫できると思ったんだけど……。
どういうわけか……ここ最近、婚約の申し込みが毎週のように来てしまったいる。
それはもう、89回の人生で初めてのモテ期到来って感じで……。今更すぎて泣けてくるよ……。
「クリス、そんなことは言わずに一度くらい、会ってくれないか? お前、先週にワシがグルーモア伯爵家の長男との縁談を断るのにどれだけ言葉を選んだかわかるか? その前の週もだなぁ……」
今世のあたしのお父様――ハウルメルク公爵は泣きそうな顔をして縁談に耳を傾けるように懇願している。
あたしが頑なに誰とも会おうともしないので、周囲とギスギスした関係になるからだ。
「とっとにかくだ。王族との関係悪化だけは、それこそ絶対にダメだ! あり得ないからな。せめて顔合わせだけでもするのだ。さもなくば、お小遣いをナシにするぞ。そもそも、お前の意見を無視して縁談を纏めることだって出来るのだ。わがまま言ったら、パパ、怒っちゃうんだからな」
そんなぁ、なんだかんだ言って、あたしにすっごく甘いお父様が遂に小遣いゼロ宣言。
それだけは、死ぬよりも辛い。王都で一番人気のベーカリーで売ってる焼きたてのアップルパイとかも買えなくなるし……。
あーあ、仕方ない。絶対に婚約はしないけど、会うだけ会うしかないか。
ときには妥協することも必要だよね? そうやって、自分を誤魔化すあたしであった。
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