22 愛娘

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22 愛娘

 夜になり、あたしは呼び出しを受けてそれに応じた。 「君がルシア君か。娘から話は聞いておるよ、何でもウチのカルツを一蹴したとか……。メリルが選んだ男なら私は何も言わないつもりだ。だが、覚えておきなさい。娘を泣かせることは許さんよ」  メリルリアに似た黒髪の中年の男。整った顔立ちと力強い眼光の彼はメリルリアの父親、バーミリオン伯爵である。  今、彼の書斎であたしとバーミリオン伯爵は二人きりで話している。  アーツエルヌ王国で貴族の商業参入が認められて、最初に参入した貴族、それがバーミリオン家だと言われている。  彼の祖父が創立したバーミリオン商会は現在では世界でも有数の豪商である。  そのため、保有する財産はアーツエルヌ王家をも凌駕すると噂されている。  多額の税金と寄付を国に納めているにも拘らず、国政にはほとんど口出しすることは無いので、王家としてはかなり重宝している存在だ。  バーミリオン商会が傾けば国家経済も傾くので、その影響力は計り知れない。  王家すら軽々に扱えないアンタッチャブル、それがバーミリオン伯爵なのである。 『あーあ、メリルリアちゃんと仲良くなれれば楽にグランルーク派を一掃出来るかもしれなかったのになぁ』  ケビンはメリルリアを口説いて失敗した恨み節をあたしに話していた。  彼はそんな計算もあって、あの時、あたしに助太刀したらしい。メリルリアの気持ちがあたしに向いたことと、女に負けたことに傷付いたとか言っていた。 『そうだ、オメーから頼んでメリルリアちゃんを――』 『絶対にダメだ』 『けっ、ノリが悪ぃなぁ』  匿ってもらう上に争いに巻き込むなんて出来るわけない。ケビンという男は本当に図々しいやつである……。まぁ、ちゃっかり居候してるあたしも人のことは言えないが。 「オレのような何処の馬の骨かもわからない得体のしれない男を受け入れてくれて感謝します。メリルお嬢様のことは――」 「ちょっと、待て!」 「えっ?」 「君は私の娘を、“メリル”と呼んでいるのか?」  バーミリオン伯爵から殺気を感じた。ちょっと、何か変なことになってきたような? 「呼んでいるのかと聞いておる。質問に迅速に正確に答えなさい」  眼光がさらに鋭くなる。嘘はつけないな。 「呼んでいます。いや、でも、彼女がそうしてくれって……」 「メリルが自分からだと? バカなことを言うな! それじゃあ、君は何か? あの子が父親以外の男に“メリル”と呼んでいい権利を渡したとでも言うのかね?」  ええーっ? 愛称で呼ぶのってそんなに重大なことだっけ? 例えば、男からあたしがクリスって呼ばれても多分ウチの父親は何も言わないけどなぁ。  バーミリオン伯爵って面倒な方なのか? 「権利とは大袈裟ではないでしょうか? もう一度申しますが、メリルお嬢様がそうして欲しいと願ったので、オレはそれに従ったまでですよ」  あたしは面倒だったが、一応弁解した。 「嘘だ、ウソだ、うっそだー! ウチのメリルがそんな軽い女の子なわけがなかろう! 結婚するまで、私は許さぁぁぁん! というか、結婚しても許さぁぁぁん!」  『ダンッ!』と机を叩きながら叫びだすバーミリオン伯爵。  これはダメだろう、話しがまったく通じない。ここは大人しく謝って、これからはメリルリアと呼んだほうが――。 「お父様! 何を、先程からくだらないことを叫んでいますの! 部屋の外まで筒抜けですわ!」  『ガチャリ』と扉が開き、メリルリアが入ってきた。彼女はご機嫌斜めのようだ。 「くだらないなんてことはないぞ! メリル、この男に“メリル”と呼ぶように言ったなんてことは――」 「言いましたの……」 「ほら見ろ、メリルは……、えっ?」 「ですから、言いましたの。ルシア様に、“メリル”とお呼びくださいと言いましたの。これで、お話は終わりですよね? お父様」  メリルリアはじぃーっとバーミリオン伯爵を睨みつける。あー、この子もこんなに怖い目をすることあるんだな。   「あの、メリル、えっ本当なの? 本当にこの男に? くっ、だとしたら、ますますけしからんような……。これは、娘の貞操の危機なのでは? そもそも、カルツのやつが簡単に負けよるからこんなことに……」  バーミリオン伯爵は本当に悔しそうな顔をしていた。どれだけ、箱入り娘なんだよ。   「ルシア=ノーティスくん。わかっているだろうが、この私は金に物言わせれば君を潰すことなど簡単なのだよ。そこのところは理解しているかね?」  そして、さらりと危険な発言をつけ加えてきた。  バーミリオン伯爵は公明正大にして、偉大な人物で器の広い方だと有名だ。  まさか娘が絡むとこんなにも小物臭いセリフを吐くとは……。 「お父様……、もし、ルシア様に何かしましたら……」  メリルはニコリと微笑んだ。 「大嫌いになりますから――」  すると、みるみるバーミリオン伯爵の顔は青くなった。 「はうっ、きっ嫌いにっ? めっメリル、そっそれだけは……。るっルシアくん、別に私たちは仲良くやっているよな? なっ、なっ?」 「えっ、いやぁ、まぁ」 「そうだろ、そうだろう。ささっ、ルシアくん、私の自慢のワインコレクションを見せてあげよう。大丈夫だ、私は君をすでに息子みたいなものだと思っているからねぇ。はっはっは」  バーミリオン伯爵は急に友好的な態度にコロッと変わった。  あたしが困った顔をしてメリルリアを見ると彼女はいたずらっぽく笑っていた。  彼女は意外と怖い人なのかもしれない……。  バーミリオン伯爵はこの日から、メリルリアの前で過剰に仲の良さをアピールするようになってきたのだった。
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